夜半の客 2 風呂から上がれば幽霊は仰臥していたから、眠っているのかとまだ滴の垂れる頭でその顔を覗き込めば 「戻ったのか」 ぱちりと眼は開かれて、思わず後ずさった。 「んだよその反応。失礼な奴だな」 そんなことを云われても‥。 寝ているときさえその眉間の皺はとれないのか、と自分はどうだか知らないがとりあえず他人のことだから心の中でも指摘してみる。 しかしそういいながらも起き上がる気配のない冬獅郎に一護ははたと思った。 電気も消さずに出て行ったが、身体を動かすのも辛い怪我人にそれは拙かったか、と。明るくて眠れなかったのだろうとそう思った。 「悪い、冬獅郎。明るすぎて眠れなかったか?」 「あ?そういうわけじゃねぇよ。寝ようと思えば何処でだって‥」 そこで冬獅郎も何事か気付いたように言葉を切って 「お前‥本当に奇怪しな奴だな‥」 呆れた顔でいいやった。 「んな!?なんだよそれ‥っ。心配してやってんのに!」 「あぁ、んな怒んな‥馬鹿にしてるわけじゃねえんだ」 じゃあどういうわけだと面倒くさそうに顔を逸らせた冬獅郎に詰め寄りたくなって、自分が相手の調子に巻き込まれていることに気付く。形勢逆転、と云えるのかどうか、遥かに冬獅郎の方が自分よりも年上のように感じてしまった。 これではいけない。大人気ない。と腹を据え直して 「兎に角、俺に出来ることはベッドを提供することくらいだが、やって欲しいことは遠慮なく云えよな。子供は黙って甘えてりゃいいんだよ」 怪我をしていない頭を遠慮なしにかき混ぜて、叩き落とされる前に身を離す。 「さーて。俺も寝るかなー」 明日の授業の準備だとかは朝起きてからやっていることでもあるし、髪は今簡単に拭いておけば寝ている間に乾くし。 そうと決めれば一護はドアの脇に設置されている電燈のスイッチへと歩み寄る。明りを落とそうと指をあてて冬獅郎の呟くような声に振り向いた。 「なんだ?」 「‥だから、話しても理解できねぇだろうから黙っといたが、俺はお前の何倍も長く生きてんだって言ったんだ」 「嘘つけ」 「本当だ」 「だってお前‥」 「時間の進み方が違ぇんだよ。こっちとあっちじゃ」 スイッチを押そうと上げた指で冬獅郎を指して、向けられた瞳と唐突な話にその手を下ろすことは頭から抜け落ちた。 「あっちって‥あの世のことか?」 「どう言おうが構わんがな。似たようなもんだ」 そうしてごろりと背を向けられるから、勝手に派生した話は勝手に幕引きされたということで、一護はその勝手ぶりも年端もいかぬ子供に対する寛大さで吐息ひとつに終わらせて、今度こそ明りを落とした。 闇が、戻る。 瞬間は何も見えない暗がりだったが、カーテン越しの外灯からの明りもあり直ぐに視界は蒼を滲ませた墨色へと変わる。目が慣れるまでその場で待って、翳よりも濃い黒装束の背中へと足を戻らせる。中に着ている服だけを裂いたから、冬獅郎の装束はところどころ破れているとはいえほぼ原型を留めている。そして、その背中はベッドの淵の直ぐ側にあり、冬獅郎の身体と壁の間の空間は一護の身体を割り込ませるのに十分なものだ。だから 「なんだ?」 「いや、なんだ‥って‥」 冬獅郎の身体の向こうに手をついて、跨ごうとしたらば見上げられて。そこに寝るんだけど、と指差したのだけれど、彼はそれを予想していなかったようで怪訝な顔をみせられた。 「何だよ‥一緒に寝るの嫌か‥?」 構わねぇだろ。と思うのは別に奇怪しいことじゃないはずだ。だって十分なスペースがあるのだから。大体それを予測しての寝位置じゃなかったのか。 一護の云いたいことは凡て目に表れたのだろうか、暫くじっと探るように目線を合わせていた冬獅郎だったが、やがて了解したように視線を外すと寝の体勢に入った。 外灯の蒼白い明りも助けるその病的な肌の白さが目を閉じると、全く人形か、さもなくば死人か、微かな呼吸だけが生きて、と言ってよいのか知らぬが、存在している証だ。 見蕩れそうになる視線を無理矢理に剥がしてベッドに乗り上げた一護は、やや粗暴な仕草で布団の上へ倒れこんだ。 「おい、冬獅郎。布団着るからちょい身体退かせよ」 「あー?いいじゃねぇか面倒臭ぇ」 心底からそう思っていると窺える声を出されても明け方の冷えを侮ってはいけないと知っているから、一護は冬獅郎の下敷きになっている掛け布団を引っ張って催促する。 「お前はいいかもしれねぇけど生身の俺は風邪引いちまうだろ」 だから退け、と布団を引っ張るのに 「面倒臭ぇんだよ。夏なんだから大丈夫だろ」 「んなこと言って‥」 続けようとした抗弁は伸ばされた腕に呑み込まれた。 「冬獅郎‥っ?なに‥?」 「くっついときゃいいんだろ?」 これで我慢しろ。 意外にも、暖かかったから驚いて。 耳元で聞こえた声にもちゃんと吐息を確かめられて、それで 混乱する。 「幽霊なのに‥生きてる人間と変わんねぇんだな‥」 声は拗ねているようだったけれど、それは動揺を隠そうとしたためだった。 「視えてりゃ生きてる奴と変わんねぇっつったのは手前だぜ?」 揶揄る風もないのは睡魔に囚われつつあるのだろう。身体を動かすことが面倒だと云ったのも、眠気に抗えないためか、癒す身体が重いのか。真上にあるだろう冬獅郎の顔を見上げることなど出来なくて、押し付けられるようにしてある着物の合わせをただ見つめた。 「変な感じ‥」 「漸くか?」 「あ?何がだよ。っつーか眠いんだろお前。一々人の独り言に答えんでいいわ」 哂う気配がして、悔し紛れにお返しとばかりその背中へ腕をまわす。この際傷がどうのなんて気遣ってやるのはやめだ。 「こうやって誰かと抱き合って眠るなんて 「今だって十分子供じゃねぇか」 「違ぇよ」 それに、会って間もないのに打ち解けたような安心感は何故なのか。 初見からの印象が変わりまくったせいかとも思うが、大本はやはりこの幽霊の容姿にあるのだろう。抱きしめた腰も細いし、背中だってまだ薄い。回された腕は少し、硬いけれど、それでも子供のそれだ。 冬獅郎の息が髪を揺らす擽ったさに、顔を胸へ擦り付けた。 「なんだよ」 「なんでもねぇ」 なんか、嬉しいだけだ。 「‥‥‥そういやお前 「あぁ」 それがどうした?と言外に問うているのが分かるから、本当に己はどうしてしまったのかと思うくらいに親しくなった錯覚に笑いが込み上げる。 「死神って、何するんだ?」 お前らの世界ってどういうトコ?お前の仲間って一杯いんの?なんで俺のとこに現れた?なんであんな、こんな、怪我を‥ 死神って何 「生きてる人間が知ってもどうしようもねぇことだが‥」 ねぇことだが、何だ? 合いの手はいれず、待つ。 待てば、確かに二人の呼吸は合ってしまったらしい、意志は伝わり冬獅郎は嘆息したらしかった。 「特別だ。部屋を借りてる貸しもあるしな‥。」 言い訳のように、そう前置きして 「俺たち死神は‥」 永い夜話は始められた。 「それで?お前たちはずっと虚ってのと戦ってて、今夜もそいつらと戦って帰るはずだったのを地獄蝶ってのがいなくなったら俺のとこ来たってわけか?」 「それと、思ったより傷が深くてその治療のため」 「治療なんて出来てるのか?」 布巻いてるだけじゃねぇか 互いの腕は拘束を解かないまま、足も、半ば絡げるようにして在る。 さすがに少し汗ばんでいて、服もしっとりと濡れている質感と重さがあった。嗅いだ幽霊の肌は、汗と錆び鉄の混ざった匂いがした。 「薬は常備してる。それに俺らは治りの速さも違う。少し休めば塞がっちまう」 現に身体に負った傷は既に血を流していないし、痛みも引いてきたと、やはり痛かったことを告白してくれた。 「へぇ‥。じゃあ後は地獄蝶ってのが帰ってきたらお前らの世界に帰れるわけか‥」 「あぁ。寂しがらなくとも偶になら会いに来てやるよ」 「な‥っ、誰がそんなこと‥っ!っていうかお前そういうことさらっと言える奴!?」 「なんだよ。何か奇怪しいか?」 思わず振り仰げば、屈託のない顔を傾げられて、あぁそうこっちの常識通じないのと肩を落とす。 「言っとくが誰にでも言うわけじゃねぇぞ」 「へ?」 「お前だからだ」 もう一度仰ぎ見ようとしたけれど、今度はぎゅっと頭を抱きこまれて叶わなかった。 「なんだそれ。気持ちわり〜」 「うるっせ馬鹿。お前だって男の身体抱きしめて喜んでんじゃねぇか」 「喜んでねぇよ!丁度いい抱き枕だから使ってやってるだけだ!」 「ほぉ〜〜じゃあお前も俺の抱き枕決定」 「ぶわ!?苦し‥っ」 頭部だけを抱かれていたのに顔全体を覆うように引寄せられたから、息苦しさに冬獅郎の腕の中、もがく。 傷があるのは腕と肩口と、多分腹に幾つかで背中にはなさそうだと服の様子から予測出来ていたから背中の服も引っ張ってみて 軽く息が上がるくらいまで、そうやってじゃれあった。 「は‥、も、マジ‥ばっかみてぇ‥。風呂入ったのに汗掻いちまった‥」 「お前が 「だーれが怪我人だ。こんな元気なくせしやがって」 「やせ我慢だよ。労われ 「だから子供っつーの止めろよなっ。お前が100近ぇのは分かったけど見た目は俺より年下じゃねーか」 「だったらなおさら労われよ」 「ぐ‥っ、てめぇ‥」 なんて可愛くない子供だ、といったところで嫌味な顔で哂われて終い。勝てないなんてこと、この短い間に十二分に学ばせていただいた。 一護はやっぱり悔し紛れに冬獅郎の年下な身体を怪我に障らない程度、力一杯抱きしめるだけだ。 そうすれば妙に神妙な気分が何処からか入り込んで 「また来いよ‥」 しおらしい声が漏れてしまった。明け方近い湿り気を帯びた空気が、開いたままの窓からカーテンを揺らして二の腕を撫ぜたせいかもしれない。 「来るさ‥お前のとこなら目ぇ閉じてたって辿りつける‥」 「んだそれ‥どういう意味‥」 喉の奥で笑いながら頭を上げれば、まだ夜明けには遠い陰の中、翡翠の眼は間近にあって 「お前の垂れ流しの霊圧が、俺を案内してくれる。ついでに云うなら今夜ここに来たのもお前の馬鹿でかい霊圧の所為」 お前の声が匂いが、俺を呼び寄せるから 「来るぜ。明日にでももう一度来てやろうか」 揶揄かうように笑う貌を距てる紗のような翳が邪魔だと思った。 「いらねーよバーカ」 偶に来い。偶に。 頬が熱いから、冷やすためだとその理由なんか考えずに、一護は珍妙な客人の胸に顔を埋めた。 その後どうやら眠りについた 言葉もなく、書置きもなく(鉛筆が持てるか知らないが)、消えた一夜の客がいたという証を唯一残してくれただろう、誰ぞかが上に寝ていた掛け布団も己の身体に掛けられていて。 あれは夢かー?と寝惚ける頭に思ってみるが、鼻腔に残る鉄錆びと汗の匂いに見事な毛並みの獣を思い出して、そうしてそれは打ち払うに出来得るものではなかった。 終 二人ともノン気で、でもそこはかとなくホモ臭さを漂わせるという正統(?)少年漫画的ノリを目指してみました。 ミーハーって死語‥ですよねぇ‥?(痛) 2005/08/21 耶斗 |