「逃げるな」
 男の指が皮膚に食い込んでいる。
 腕の痛みは麻痺してしまったように感じないのだけれど、息苦しくて仕様がない。
「冬獅郎‥、俺には無理だ‥」
 哀願の響きをもってしても男の表情は頑ななまま、わずか痛みを耐えるように眉を顰めたろうか。
「‥まだ、何も云ってねぇ‥」
 云わなくとも分かるのだ。聞きたくはないその言葉を、意味を、理解したくなくて思考を閉ざそうとするのに。
 己は確かに、男の言わんとするところを知っている。
「一護‥」
「嫌だ‥。聞きたくない」
 拒絶に耳を塞ぎたいのに男に掴まれた腕は持ち上がらない。地中に向かい糸を繋がれたようにさえ思う。だから、せめてその瞳からだけでも逃げたくて
 目を閉じ、顔を背ける。髪がもう少し長ければ、俯いた拍子に目元まで隠してくれたかもしれないのに。
 男の息を吸い込む音がする。
 口を開く気配がする。
 頼むから、その言葉を‥

「松本の手料理毒見役はお前だ」

 男の手には、代行組メンバーお手製『激烈☆生死分け目の挑戦者決定くじ』、一護の引いた赤印入りのそれが握られていた。
「いーーーーやーーーーだぁあああーーーーーーっ!!」


 誰だ!秋のキャンプなんて言い出したのは!!





  完


2005/09/29 耶斗