[死体と葬儀屋]



ま、仕事だしな。
本日3体目のお客様を迎えて、しかめっ面を見せるわけにもいかない一護は粛々と頭を下げ、客を載せたワゴンを受け取った。

「一体どういった殺しだよ」
「訊くのは越権だぞ」
葬儀屋、と嗜めるように語尾に付されて一護は半歩後ろを歩く男への仮面を剥ぎ取った。
「へーい、へい。申し訳ございませんでした朽木サマ」
だが、常には分を弁えている一護も思わず苦言を呈したくなるほどこの5日、運ばれてくるお客様は尋常でない数なのだ。
「抗争(けんか)はあんたらの勝手だけどな、こうも続いて運び込まれても墓の数が足んねぇんだよ。正確には墓掘る人手だけど」
「ふん、心配するな。直に小言も云えなくなるほど大量の客が運ばれてくるだろう」
「んだよ、まさか本気で抗争おっぱじめる気か?」
勘弁してくれよ。忙殺されることを予期して一護は天を仰いだ。見えたのは切れ掛かった蛍光灯の瞬く薄汚れた天井だったけれど。

「じゃ、こいつは巻き込まれた市民か?それとも嗅ぎつけた警官か?お相手の三下?‥ではなさそうだけど」
「珍しいな、死体に身分も過去も求めないのが貴様ではなかったか?」
銀色のシートを捲って中身を覗いた一護の後頭部を、さも可笑しげに唇を歪めた朽木が揶揄かった。それを肩越しに振り向いた一護は面白くなさそうに睥睨して、直ぐに尖らせた唇をへにゃりと撓めた。
「あんまり忙しすぎて鬱憤聞いてくれる相手探してんだよ。お話するには相互理解からと思ってな。身の上話は話の糸口に打ってつけだろう?」
ま、と一護は興味を失ったように、シートを抓んでいた手を振ってワゴンの取っ手を両手で握りなおすとそれへ体重をかけるようにしながら肩を回した。凝った筋肉がごきりと転がる。
「死体にそれ以上を求めないのが俺の主義なのは変わらねぇけどな」
「ふん、ネクロフィストが」
「殺人狂のあんたに云われたかねぇよ」
あぁでも。と思い出したように一護は朽木を振り返って
「死体は綺麗な状態のがいいからさ、下手に殺すのは止めてくれよな。あんたらの殺し方芸術性低すぎ。皆無。あんたらばっか楽しんで俺はてんで楽しくないなんて不公平だと思わねぇか?」
云い終わればじゃあな、と手を振って突き当たりの部屋へ吸い込まれていく背中を朽木は皮肉げに見送った後、コートの下に着込んだスーツの内ポケットを振るわせる携帯を取り出しながら踵を返した。

まったく。口の減らない男だ。などと本気か冗談か明瞭(はっきり)しない際どい会話を思い返し、失笑しながら取り出したそれは次の仕事を命じるだろう。




シートの隙間から垣間見た顔は綺麗な造りだった。
胴体の方はどうか知らないが派手に血液が滴っているでもなく、部位の欠損を教える目立った窪みがあるでもないシートは存外楽しめる中身を包んでいるかもしれないと、今回の仕事へ対する初期の鬱屈を忘れうきうきしながら作業着を身につけている時だった。手術着仕様のそれを肩まで引き上げたところであるはずのない何者かの気配を感じ、一護は振り返った。

「うぉわ」

振り返ってそして、えらく男前に吃驚し腕を通しかけていた作業着を取り落とした。
「なにやってんだてめぇ!」
「あん?」
其処には先ほどまでシートを被っていた死体の筈の死体が此方を向いて起き上がっていた。
「俺の楽しみが!」
「‥‥‥アン?」
驚きよりも怒りが先に立って一護は足下に落ちていた作業着を蹴り除け足取りも荒く”それ”へ詰め寄った。
「あ!道具は銃じゃねぇか、チクショウ珍しく綺麗な死体だったのに‥」
ここに運ばれる客と云えば打撲で青痣だらけ、至る所腫れ上がっているのは勿論のこと大概顔面も潰れて歯が無いのが定番なのだから脱がせるにしても洗うにしても楽しみは半減するのだ。そこへ滅多にない『綺麗』なお客に一護は心が躍っていたのに!
「何生き返ってんだよ!」
云った後で気がついた。というか我に返った。というか現実を認識した。
「‥生き返った‥‥‥?」
「‥‥‥」
死体(?)は黙して一護を見つめている。否、観察しているのだろうか。自分の現状などそ知らぬ顔で一護の行動を興味深そうに見ている。
「心臓は?」
「‥‥。動いてないな」
自分の胸に手を当てて数秒、戸惑うでもなく男は答え、一護は自分が感じているのが高揚なのか畏れなのか分からなかった。
見つめ合う。
ワゴンの上に身体を起こし、銀色のシートを脚に掛けた男は顔色こそ死人であったが、表情は至って健康な生者と疑いはなく。肺か胃か、その両方にか空いた穴のために口腔まで上った血液が盛大に唇を染め上げ顎を、咽喉を伝って胸に空いた銃創から溢れただろうそれと合流した痕跡も、全て特殊メイクと云ってしまえば片付けられそうなくらい彼の状態はチグハグだった。
「まぁ、じゃあ‥」
暫らく考えた末一護は言った。必要がある時(趣味も兼ねて)彼はそうしていたし、そのための道具もこの場に揃っているし。
「とりあえず縫合しとく?」
死体の修繕はお手の物だ。男を載せたワゴンを止めた場所には別の小振りなワゴンがあって、その上に並べている彼曰く”手術道具”から取り上げた糸を通し済みの針を眼前に掲げながら不自然ににっこり笑って一護はお尋ねしたのだ。
果たして死体は頷いた。







男を仰臥させ、一護はとうに血の止まった傷口を縫合していく。男は白々と部屋を照らす蛍光灯を見つめているようだった。何が面白いのか一護には理解できないが。
 を操る指先に男の鼓動はなく、確かに彼が死人であることは知れたが剥かれた翠の水晶体に白濁はなく、よくよく見れば瞳孔が開いていることも認められるかもしれない。縫合を始め、作業に集中していくにつれ当初の、可愛いペットを奪われた憤りが戻っていた一護だったが、その内むらむらと知的好奇心が湧いて来た。端的に云えば「解剖したい」である。だが突然そんなことを言い出して快諾してもらえないだろうことは予想できたので、とりあえず世間話から相手を懐柔していくことを考えた。

「お前なんで殺されたんだ?」
それが世間話なのかどうか判断は難しいが。一護の軽くトラウマに引っ掛りそうな問いに、男は特に気にした様子はなく答えた。
「事故だな、事故。丁度通りかかったところを流れ弾に当った感じだ」
「それにしちゃ綺麗に打ち抜かれたなぁ」
一護は純粋に感心した。
「例えだからな。突き詰めていえば俺も当事者の一人で、なるべくしてなったと云えなくもない」
「あー。あいつら何処だろうと関係なく喧嘩おっぱじめるもんなぁ。俺外に出ねぇから分かんねぇんだけど、町の連中は大概受け入れちまってる感じ?」
「さぁ。それは俺にも分からないな」
「朽木が云うにはまだこれから客の数も増えるらしいけど。お前みてぇなのも混ざってるかもな」
「それはねぇだろう」
「なんで」
「お前のトコはそれなりに礼節を弁えてる。俺が殺られたときも周りには配慮してるようだったぞ」
俺が殺られちゃ仕様がないけどな。と他人事のようにぼやいて、一護は会話の妙に漸く首を傾げたがそれを見なかった男は言葉を重ねた。
「頭がなくなっても動けるよう教育してきたつもりだがな。朽木が先陣切って乗り込めばなぁ‥。確かに”客”の数は半端ねぇかもな」
「なぁ‥」
「ん?なんだ」
「お前って‥」
まさかなぁ、と笑い飛ばす準備をしながら一護は眼下の男へ顔を向けたがその動きはどことなくぎこちなかった。
「朽木の変態が喧嘩吹っかけたファミリーのボスだったりしてー‥」
「小競合いはしょっちゅうだったが、俺の殺害は偶発的なもんだろうな。俺があの店で飯を喰ってたのは外部に漏れてねぇはずだし現に俺も上手く手下を撒いた自信がある」
たまにゃあゆっくり飯も喰いてぇからなぁ、なんて。細められた目は自嘲のようにも見えたが、心底愉快そうでもあった。
「お前ってフランケンシュタインみたいなもんかなぁ」
「キョンシー辺りじゃないか?中国の」
麻酔の要らない手術も後半に差し掛かり、うつ伏せに身体の向きを変えてもらいながら話題を転換し(きれているかは疑問だが)た一護は、初めて外界の動きを想像してみたりなんてしていた。
解剖の申し出はもう少し後にしておこう。







2006/07/24  耶斗