[Aromatic Compounds]




 芳香剤の安っぽい匂いが鼻に衝くトイレの個室、狭っ苦しい中体を折り曲げて己は何をしているのか。
 ガタガタと、今にも壊れんばかりに軋みをあげさえする便器の蓋に加減しようという気は起きないのか。上衣は変わらずボタン一つも外されないままだというのに下肢はあられもなく冷たい外気に晒されている。
 便器の蓋に座らされ足抱え上げられて、苦痛にそれを押し出そうとしていたのは数分前のことだ。視覚の否定はとうに諦めたが生々しい呼吸音が消えてなくなることは願って已まない。
「くぁっ、あ‥っ」
 漏れるのは苦悶だけと、この男は分からないようだ。分かったところで愉悦を含ませさらに己を追い立てるのだろう。背中にあたる給水タンクの冷たさに意識を集中して、溜まる熱を散らせないかと試みるけれど焦らすことなく前立腺ばかりを責め立てられる肉の体は浅ましい。あぁ嫌だ。膝の間に挟まれた男の頭を掻き抱く。髪の一本まで厭わしいがこの銀色は、柔らかさはわずかばかり慰めにはなった。
 絶え間ない快楽と、けして柔らかくはない肢体を無理矢理に折り曲げられた息苦しさと、混じりあう汗の匂いと。シャツはきっと汗でぐしょぐしょだ。着替えなんてないのに一体どうしてくれるんだ。
 視界の端で、片足に引っ掛った下衣が足にあわせて揺れ、ベルトのバックルは擦れて耳障りな金属音で啼いている。なるほど先ほどからの違和感はこの音だったか。気になっていたことが解決されれば条件反射に気が抜けて、下肢の刺激はそのまま脊髄を駆け上った。
「んあぁ‥っ」
 嫌な声だ。艶の混じったことが明瞭な。思わず身震いする。
 みぞおちに感じる男の息が熱い。篭っている所為かもしれないど、その息遣いまでが肌に直接感じるようで鳥肌が立つ。
 これは、けして、悦びじゃあない。
「うぅ、あ、あ」
 ぐずぐずに溶けきった腸壁は突き入れられる肉棒の容をそろそろ明確に記憶しそうだ。
 引き摺られる粘膜に悲鳴が上がる。間に挟まれた己の肉棒は垂れ流しの精液で男の服を汚している(滑った感触で分かるのだ)。男の堅い腹筋を覆うシャツに擦られた先端はもはや痛みさえ甘い痺れに変えて。
「あ、あ、とう‥しろぉ‥っ」
 ほら聞けよ。お前の嫌いな人間がお前の名前を呼んでいる。
 膨らみを増した男の肉に連鎖した吐精感から縋った腕は哀切じみていたかもしれない。






2005/10/01 日記
2006/04/19 掲載
 耶斗