牽かれる腕が痛くて、けれどそれ以上に牽く男の必死さが苦しくて一護は泣きたいような気分になる。 走り続けてもうどれだけ離れただろう。瀞霊廷の者たちは、自分たちを追っているだろうか。それとも全て見透かし大きく構えているだろうか。 「と‥しろ‥‥っ!どこ行くんだよ‥っ!」 息が、苦しい。喉を通る風は乾いて気管を傷つける。送り出す血を作り出せずに心臓は破裂しそうだ。 足を、止めたい。そう思うけれど 「どこか、だよ‥っ。お前を奪われないどこかだ‥!」 彼が、必死だから 丘の天頂振り向いた貌は月影の下白く、蒼く、苦悶に眦濡らして。 あぁ あぁ あぁ 望むのは、弾けて消える泡沫の夢 [泡沫の夢] 定められた正義とは何ぞや。 ――――――奪わないで 「日番谷」 「−−っ!!朽木‥っ」 悔しそうに歯噛みする。見えぬ男の顔はきっとその強い双眸で前方へ現れた男を睨みつけていることだろう。伴ない込められた手の力の思いがけない強さに一護は顔を顰めた。余裕がないのだ、本当に。それは己自身と直結する事柄でありながら一護の理性は冷めたまま、今彼の手を掴んでいる男に言わせれば、残酷に先の現実まで受け入れている。 「何処へいこうというのだ」 「何処だっていいだろ‥、そこを退け」 「何処へでも‥か、果たして行ける何処かがお前たちにあるのか?」 「−−−っ」 「冬獅郎‥っ」 勢い飛び出そうとする冬獅郎を押し止めて、一護は清かな瞳で見下ろす男を見上げた。 「白哉‥頼む、そこを退いてくれ」 抱いた肩が小さいことを懐かしくさえ思い始めている己はなんと酷い男だろう。 微か感じる名残惜しさだけが、まだこの男を愛しているという証明になるだろうか。そうであればいい。 「白哉、頼む」 細めた一護の眼は切なげで、白哉は少しだけ憐憫を思う。頭上に照る月の光にさえ冷えた熱を覚えた。 「頼む、白哉。‥直に戻るから」 「一護!?」 振り仰ごうとした男の頭を抱きこみ、その異を押さえた。まるで子供を宥めているようだ。まるっきり普段と逆ではないか。 妙な可笑しさに口端が震えた。 「戻る。直だ‥」 「‥‥‥いいだろう」 云って、白哉は消えた。 そうしてもとの月夜が戻る。ただ、草草を刎ね散らし駆ける足は戻らなかった。 「一護‥」 「行かないのか?冬獅郎」 先へ行かないのかと惨く問う一護に 「一護‥」 緩く拘束を解かれた冬獅郎は寂しげに見上げるだけで。 「‥‥‥」 どれだけの業を、俺はこの一人のために負うただろう。 一護は思う。そうして己の業はこれからもより重く、肥大してこの身を貶めていくのだ。 「ごめん‥」 それが、初めての謝罪だった。 そうして、男に対する凡てへの拒絶だった。 あぁ、それでも俺は、様々の言い訳を盾に貴方を苦しめる。 「行くよ‥」 ぽつり、肌を冷やす風に声落として、一護は冬獅郎の肩に顔を埋めた。 鼻孔に可能な限りに彼の存在を吸い込んで、夜気に湿ったような男の髪へ頬を摺り寄せる。 忘れるまい。これが魂に刻む最期の抱擁だ。 一護の去った丘、独り立つ冬獅郎の背後に月はゆっくりと落ちていった。 逃避行させたかっただけで逃げる理由とか何も考えてませんでした‥。 たしかSSのために一護が犠牲になればいいよ死ぬ方向じゃなくて人間の魂魄になって生まれ変わればいいよなことを思ってたんですけど管理人、今の一護が好きなのであって生まれ変わった一護と冬獅郎を恋愛させられるかと自問したところ 無理だ! ってなことで挫折したのでした‥阿呆め‥ この頃はまだ死神も転生できる設定でいました。(過去は振り返っちゃ駄目だ) 2005/08/31 日記 2006/04/19 掲載 耶斗 |