一心さんととーしろさんが知り合いだったらおもしろいよね。って勝手な妄想。



  Baby




 夜中を過ぎた中途半端な時間だった。
「『生まれた』?」
 戸惑いがちの副官の声に目だけを上げて執務机の冬獅郎は問い返した。
「はい。何のことか分かりませんが隊長宛にそう‥」
 投げ文がありまして。となんとも怪しい方法で伝わってきた紙片を松本乱菊は彼女の上司へ渡した。
 石を包んで皺だらけになったそれを冬獅郎はあらためて延ばしながら目を通す。すれば、たった四文字の『生まれた』
 見覚えのある粗忽な字体に彼は苦笑し
「相変わらずだな」
 と、途中の書類も投げ出して席を立った。
「隊長?」
「出かけてくる。じじいには内緒な」
 久しぶり、というか初めてかもしれない、悪戯気に口を笑ませる上司に、乱菊は呆れも半分得した気分で了解した。
「早めに帰ってくださいよ?」
 戸口から消える間際にそれだけ云って、おそらく内々だろう事情には目を瞑ることにした。

 夜中を過ぎた、中途半端な悦びの知らせ




 温い風が吹いている。
 空を渡る雲は足早に過ぎ行き、満月は西の中天へと傾いていた。
 電柱の上、影ひとつ。
 危なげなくしゃがみ込んでいるそれは、眼下の、明りのもれる二階の窓のひとつを覗いているらしかった。
 ゆらりと窓のなかで影がゆれ、光量が増してカーテンが引かれたことを教えれば、窓は開けられぬっと短く刈られた男の頭が突き出した。
 それは一、二度路傍へ視線を彷徨わせた後、ふっと上を向いてその影を見つけた。
 驚いた風もなく。待っていたというように、にっかと笑って手をあげる。それに影は苦笑するように哂って、招く窓へと跳躍した。

「久しぶりだな」
 先に口を開いたのはこの屋の主人だった。
「5年ぶりくらいか?あれからお前全然会いにこねーからなぁ」
「こっちも色々忙しかったんだよ。あんたのための裏工作とか、な」
 出掛けからその笑み様は彼の馴染みのものとなっていた。悪戯事を楽しむような、意地の悪い唇。冬獅郎は「5年ぶり」と男が言った家を訪れ、そうして廊下をある部屋へと導かれている。
「生まれたって?男か?」
「ご明察。名前はもう決めてあるんだ」
「へぇ、何て名だ?っと‥」
 行き着いたドアを男が開け、現れた女性に冬獅郎は軽く頭を下げる。
「久しぶり。真咲さん‥」
「お久しぶりです。来てくださるなんて思っておりませんでしたよ」
 ふふ、と綿毛のように咲う彼女は夫婦二人のベッドに座り、産着に柔らかく包まれた赤子を抱いている。
「その子か‥」
 嬉しさが、胸中へじわりと広がる。
 思わず差し出した腕に、真咲は赤子を渡した。
「気をつけて‥、抱き方はご存知?」
「あぁ。これでも下の奴の面倒は見てきたんだ」
 家族なんてばらばらの世界だから。赤子の世話も経験はある。
「名はなんと云うんだ?」
「当ててみろよ」
「あなた」
 揶揄かうように哂う夫を妻は窘める。それがまた家族の喜びを体現しているようで微笑ましい、と冬獅郎は笑った。
「お前が一心で‥彼女が真咲だろ。どちらからか一文字とってるんじゃないか?」
 当りだろ?と哂う彼は得心していて、夫婦は顔を見合わせて笑う。
「正解。まぁそこまではクイズにもならねぇよな。本題はこっからだ。さぁ、俺たちの子供の名前は一の字に何と云う?」
 これは本格的に名前を当てさせる気か、と腕を広げる男の茶目っ気が微塵も損なわれていないことに苦笑する。参ったな、乗る素振りを見せてしまったのが拙かったか。
「一の字に‥ねぇ‥」
 そうだなぁ
 腕の中の赤子を抱え直して、その貌をよくよく覗き込む。
 目はまだちゃんと開いていない。猿のようにくしゃくしゃだが、薄い髪の毛は猫の毛のようで。肌は透明で滑らかだ。ふくよかな頬には齧り付きたくなる。
「分かんねぇな」
 というよりも外すのが嫌で、冬獅郎は降参と云う風に顎を上げた。
 それに一心は勝ち誇るように鼻をならして
「そんな奴にはうちの子は抱かせられねぇなぁ。じゃ、そろそろ返してもらうぜ?」
 いっちご〜と、教えるつもりはなかったんじゃないのか、子供の名前を甘えた声で呼びながら一心が冬獅郎の腕から我が子を抱え上げようとしたところで子供の体勢がぐらりと崩れた。
「危な‥っ」
「お?」
「まぁ」
 一心は呆けて、真咲は手を頬に感心するように喫驚した。
 一心の固い手に支えられた小さな体が落ちるべくもなかったけれど、まだ据わっていない首がぐらりと揺れたから、冬獅郎はその身体へと身を乗り出すようにして手を差し出したのだ。まだ、その子の身体は半ば腕に納まっていたというのに。
「あ〜、どうしよう真咲ぃー」
 泣き真似をしながら振り返った夫を、妻は変わらぬ微笑で応える。
「いいじゃありませんか。他の子に取られるよりも一護のファーストキスは日番谷さんに貰っていただきましょう」
「涎がついた‥」
 口を拭いながら阿呆な会話を交わす夫婦を眉間に皺の冬獅郎は見やる。己の失態にか、彼の頬は薄く染まっている。
「くっそぉ冬獅郎‥っ、貴様覚えておけよ!?絶対責任取らせてやるからなぁ!!」
「貴方、責任を取っていただくことはできませんよ。一護をどうなさるおつもりですか?」
 すっかり混乱してしまっている夫に妻は静かに怒っているようでもある。夫に抱きしめられる子供が潰されないかと、その腕から取り戻そうと宥めていた。
 平和な誕生だな。
 冬獅郎は3人の家族を眺めながら照れを解消できぬまま満足げに笑った。





 08/20の日記ヨリ。

 一護のファーストキスはとーしろさんだとか
 とーしろさんは一護に(文字通り)唾つけられてたとか
 そういうことを主張したかったらしいですよ。(阿呆)

 黒崎家族が好きデス。
 蛇足でもいっちょ↓






「よぉ。どーこのガキが落ちたのかと思えば本当にガキか」
 宵闇の外灯の下、無礼な人間は霊体である己を視認してもなんら喫驚することなく、どころか郷里の同朋にでもあった顔して笑っていた。

 精悍な顔立ちに屈強な身体は、医者だと名乗ったその男に似つかわしくはなかったが。元同僚だと、云った男に納得した。
 簡単に白状してしまっていいのか?
 問う己に
 お前が上にチクるような奴なら言っちゃいねぇよ。――冬獅郎。
 名乗ってはいない己の名を言い当てたことに、不覚にも瞠目すれば、やはり男は笑って(それは苦笑に似ていただろうか)
 若くして隊長就任の天才小僧。こっちにくる前にちらと聞いた。間違っちゃいねぇだろ?
 三度見た、男の笑い顔は気持ちいいものだと気づいた。

 無骨な手を差し出されて
 断ろうかと思ったけれども、自ずと腕はその手をとったいた。
 電柱脇のごみ山の中から引きずり起され、腹からは大量の血が落ちた。軽い眩暈に足はよろめいた。
「大丈夫かよ?」
「大事ない」
 そーかよ。呆れたような溜息交じりに、しかしその目は子供のように面白がる色を湛えて。
「あんた、名は?」
「一心だ。黒崎一心」
 今は人間やってる。
 応えた男に理由は問うまい。
 先に立って歩き出した男は、どうやら一夜の宿を提供してくれるつもりらしい。腹の傷を庇いながら、その好意に甘えるべく後を追う。引きずる足に、感覚は殆どなかった。
「酷くやられたようだなぁ。どんなヘマやったんだ?」
「うるせぇ。つまんねぇことだ」
 副官が知れば、鬼の霍乱だとでも囃し立てるだろう由無し事。
 右腕を伝い落ちる血が鬱陶しくて腕を振って払う。
「俺が行っていいのか?」
「構わねぇよ。カミさんも大歓迎だ」
「妻(おんな)がいるのか‥?」
 とりあえずの確認に返された答は予想したものではなかったから、やはり辞退するべきかと足が止まる。
「何やってんだよ。歩けねぇなら抱え上げて連れてくぞ?」
「アンタ、何故俺を助ける?」
 罠、ということは今更あるまいが、一面識もない幽霊をわざわざ家に引き入れるなど。怪しげな偽骸に入っていることからも何事か渦中にはいそうなものだ。
 これ以上、面倒事を背負い込む気なのか‥
 怪訝な目を向けるも、男はあっけらかんと呆けたような顔をするだけで
「医者だからだよ。怪我人は放っておけねぇだろ」
 さも当然の如くにいいやるのだ。
(奇怪しな男だ‥だが)
 気に入った、とおそらくは幾つも離れているだろう元同僚に冬獅郎は哂った。

「あんたの女も霊が視えるのか?」
 隣に並びながら軽くなった口調で問うてみれば、途端に男は相好を崩し
「い〜い女なんだよ〜。そもそも俺たちが出会ったのはなぁ?‥」
 と惚気話が始まったことに、少し後悔した。






2005/08/26 耶斗