ブラインド 細い、細い月の晩。それでも蒼い月影に指の影さえ明瞭(はっきり)と知れた。真白なばかりの病室は翳に染まり、その中で半身を起こす白の着物が浮かび上がる。目には包帯。視界を覆うそれもまた白く月影に浮かび上がっている。 「ヘマやらかしたな」 苦々しく吐き出されたのはドアを開け、その光景を見て直ぐの少年の言葉。夜闇にくすんだ橙色の下でそれを見止め、泣き出しそうに歪んだ眼でそんな苦言が叶ったのは、痛みよりも安堵よりもそれを許した男の迂闊さが腹立たしかったからである。 彼が扉を開くよりも、その気配から足音から彼を早くに認めていただろう男はその声に殊更ゆっくりと(見えもしない)窓の外を眺めていた顔を振り向かせた。 「開口一番がそれとは、随分冷てぇんじゃねぇか?」 小さな身体。服だって、着ているというよりは着られているような態じゃないか。そんな身体が白の陣羽織を翻し、日本刀を振るう姿にさえ未だ慣れ切らないというのに、それが黒の装束を脱いで病人の着る服を纏えばなんということ。なんということ‥ お前が人と比較するべくもなく強いことは知っている。知っているけれど己の弱さに揺らぐのだ。 必要なだけの肉がついた身体はそれでもなお薄いのだ。 「うるせぇ。馬鹿やったお前が悪いんだ」 ずかずかと足音荒く彼は室内に踏み入って、歩き出し様に手から放たれた扉は大きな音をたてて閉まった。 それはすまなかったなと男は哂う。腹にもある傷を庇いながら背を丸めがちに、声を潜め口元へ緩く握った拳を当てて。 だから、なぜお前は俺の気持ちと裏腹に 余裕さえ見せて哂うのだと彼は男の貌から視線を逸らせて聞こえぬように舌打ちした。 「そこに椅子があるだろう。座れよ」 「あぁ。お前、見えなくても一応どこに何があるかは分かるんだな」 顔を回らせば足を向けた壁に折りたたみ式の椅子が立てかけられてあった。 男は、当たり前だと哂った。 椅子を男の側へ移動させ開けば軋んだ音を上げた。静寂の中へ響いた音に瞬時怯む。怯めばそれを察せられたかもしれないと、恥かしさに唇を引き結んでそれを紛らすようにどっかと腰を下ろした。背に負うた身の丈の大刀を壁へ立てかけるとき、床を擦った刃先の音が女の泣き声のように聞こえた。 ベッドは頭を壁につけ、窓とベッドの間には人二人が入れる程度の隙間が空けられている。さして広くもないが一人には十分すぎる空間を隊長である彼一人が占領する。いいご身分だと途中に通りかかった病室を横目に覘いてきた彼は思った。無駄なほどの皮肉を考えなければ感情が暴走してしまいそうだ。直ぐ触れられる近さに置かれた男の右手が蒼白くて、まるで貧相に見える。視界に入れるだけでその熱を想像するのに、そうしてまるで触れているようにその感触を手の中に思い描くのに、それを目の前の男は感じていないのだろうか。 気持ちが先行している。落ち着かせようと彼が細く息を吐き出せば 「触っていいぞ」 とその声に心臓が撥ねた。 「な‥に‥」 どくどくと驚きが冷めやらない心臓を押さえながら笑い飛ばしたい様子で彼が問えば 「まだ、不安なんだろう?触って確かめればいい」 今度哂った顔は労わるようで。逆だ、と彼は眉を顰めた。 それは逆だ。俺こそお前を心配しなければならないのに。 ほら、と浮いた右手が掌を上向けるのに直ぐには応えられなかった。 報せを聞いてとんできた。眠気なんてさっぱり醒めて、見ていた夢もまったく覚えていない。鼓膜を直接震わすような細かな雑音に目蓋を開けば、宵闇に溶けるような黒揚羽。すぐには認識できなくて瞬きを繰り返すうち、姿を視認するより先に伝えた言葉を理解した。 飛び起きた。飛び起きて、とんできた。 走りながら悪い予感ばかりが胸を占めて、その苦しさに泣き出しそうだった。 だから、無事な姿を見止めたとき、本当は膝が崩れるほど安堵したのだ。深く安堵してそして、苛立ちが頭を擡げた。蝶の言葉を最後まで聞かなかったのは己だけれど、重傷を負うどんな油断があったのかと、男を許せない。 差し出された右手を両の手に包んで、その容を、熱を確かめる。口付けたい衝動に駆られたけれどそれは自粛した。皮膚の感触を、皺のいちいちを確かめる。額を押し付け、溜息を吐き出したかったけれど目を硬く閉じ、唇を噛み締めることで堪えた。 「目、は‥」 「光を失いはしない。7日もすれば治ると」 「そうか‥」 包帯のその奥で、目蓋を閉じる男の眼がこちらを見つめているだろうことを彼は俯きながら感じていた。 そういえば、蝶を寄こしたのは誰だったろう。 己をここへ呼んだのは誰だったろう。 握られるままだった男の手が彼の手を握り返した。 面を上げて、彼は見る。数日前も男はそうして己を見やっていた。その眼の熱を忘れやしない。 「冬獅郎‥?」 喘いだ喉は察していただろう。そうしてそれに悦びが混じっていたことを彼は自覚したろうか。 「俺の使いは、正しくお前へ声を届けたか?一護」 蝶の言葉を俺は最後まで聞いてはいない。 カットしてた濡れ場 |