追記 〜こんな日番谷隊長もイヤだ〜 ある日、本当に唐突に、ひとりの男が窓から侵入しようとしていて。その部屋が自分の部屋だったから一護は叫んだ。わぁ、とかきゃあ、とかじゃなく。台詞でもって彼はその侵入を拒絶した。 叫喚の声に侵入者は幼い体躯を一護の手によって閉められようとしている窓枠から捻りこませつつわけが分からない、と一護の言葉に秀麗な貌を歪めた。渾身の力で自分を締め出そうとしている少年に、こちらもまた満身の力でもって抗っているための余波もあっただろう。一護は叫んだ。開口一番、男の格好を見るなり目の色変えて侵入を防ごうとした。 「お前のような奴にうちの妹はやれん!」 「あぁ!?初対面でいきなり何ほざいてやがるテメェ!」 正確には初対面ではない。言葉のあやだ。それくらい彼も動転したということだ。 二人の間で窓ガラスが怪しげな軋みを上げる。ステンレスのフレームも。この家が建ったときから風雨に耐え続けて云十年、かつてない試練である。 「昼間っから泥棒家業とはいい度胸だ。その根性でもってうちの妹たちのハートもがっちり恋・泥・棒☆ってか!?出てけ!今すぐ出てけぇえええ!!」 「まっっったくもって意味が分からねぇ!確認する!お前は黒崎一護だよなぁ!?罷り間違ってもあの粗悪品擬魂丸でもテメェの父親でもねぇよなぁ!?」 「妹たちの恋は応援したい!妹たちが選んだガキならそりゃ俺だって安心だ!だがな!お前は選ばれたわけでもそもそも自己紹介すら果たしてねぇ!つまり恋にもなっていない!除外!除外だ!!どの面下げて現れやがったこの色魔!」 「しき‥っ!?あえてその発言は流してやるから人の話を聞けまず!!」 訪ねて(窓からの侵入が訪ねるという行為と認めてよいならば)来た男は冬獅郎という。死神である。霊体は霊体でも幽霊とは格が違う。霊を導く霊である。ややこしい。そして一護自身多く面識のあるそれらと同属のものである。一護もまた死神家業を手伝う代行人という役に就いているからだ。ちなみに16歳。若い身空でなかなか肝が据わっている。 一護と冬獅郎は二度ほど会ったことがある。実際にはもっと多いのであるが、顔をつき合わせて言葉を交わした回数というのが二度なのだ。一度目はいわゆる”あの世”のSSで自己紹介のため簡単な挨拶を交わした。二度目はそれまでどうやらあっちの法で違法だったらしい代行人を正式に任され、つまりなんちゃって代行人から胸を張って宣言できる本物の代行人となって働き始めた”この世”でイカレトンチキ似非眼鏡の放った暇つぶしの産物に苦戦を強いられた結果援護として送り込まれた際の第一回現世組集会のときであった。諸々の説明のため圧倒的に男から一護への台詞が多くはあったが会話らしい会話をしたといえなくもない。 余談であるがこのときにはまだ男にも『待つ』という忍耐があり(何も今はもうないというわけではない。遠慮の度合いである)、事実部下の一人が窓の鍵を外してくれるまで大人しく(恐らく内心では毒を吐きながらも)銀髪の小学生という奇怪な身形を晒して外で待機していたという。ちなみにその時彼は擬骸という実物大の人形に入っており常人の目にも明瞭と映った。それを彼は酷く不便に思っていたらしい。だからであろうか、この日現れた彼が霊体であったのは。否、そもそもこの日の彼の衣装が現世の素材で調達するには少しばかり手間と暇がかかるためであったのかもしれない。 銀髪小学生の容姿(なり)をした男は紋付羽織袴に手土産と思しき風呂敷包みをぶら下げて現れた。 そう、彼もまた自らが認識していないだけで”異常”なのである。 そうしてそれを見た一護が『お父さん、娘さんを僕にください!』『貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはないわぁ!』『ガシャーン(卓袱台返し)!』という一連のドラマを思い描いたらしいことからの、冒頭の奇天烈な第一声と暴挙であった。 冬獅郎が窓枠に片足を乗せその上に上半身を載せた状態から十数分、拮抗は保たれている。お互い両手を使っての攻防であるが、それ以前に何の攻防だか分からない。部屋の主はなんだかとりあえず侵入者を追い出す(っていうかこの場合窓で切断する?)ことを第一の目的としているようだし、侵入者は侵入者でなんとか理性を保てているのか現状を理解しようとする余り劣勢に追いやられている。彼がキれていればとっくに窓どころか部屋を半壊まで持ち込んでいることだろう。しかしながら彼は侵入者ではなかった。だって一応窓を開ける前に一言入室を断っているのだ。それで窓からというのが些か常識のずれを覚えるところであるが。 「出てけ!切れろ!潰れろ!!お前等にはまだ早いわぁあああ!!」 「殺して次の機会を失くす気のくせにまだ早いとは何云ってやがるテメコラぁああ!!」 青筋、血管まで浮かべて全身で一枚の窓を押し合っている彼らの、この状況で、今最も頑張っているのはその、圧力を掛けられている一枚の窓ではなかろうか。ガラスとはかくも頑丈なものであったかと称賛する。フレームも。 「あぁ!なんだってこんなことになったんだ‥っ、幼いころから俺だけは苛められても妹たちは護ると誓ったあの日からそんな必要はなかったと気付いたあの日でさえ!こんな日は来ないものと、いや、来させてなるものかと、来たならばことが発覚する前に跡形もなく消し去ってやると!誓ったというのにコンチクショォオオオ!!」 「何気に兄として哀しい体験はしてるんだな!っつかお前やってることかなり迷惑だぞ!!妹たちの意思の尊重は!?」 ナルシズムチックに嘆き崩れるかと思いきや男を潰、もとい締め出そうとする力はさらに増した。全体重を載せてきた。本気(マジ)だ。冬獅郎の背中に戦慄が奔る。 これは、本気を出さなければ、殺られる‥っ その一瞬、それまで懐へ大事に抱えていた風呂敷包みを部屋の中――ベッドの上――へ放り投げ(避難させた)冬獅郎が一護と真っ向から勝負すると決めた刹那、(判断から行動への間が短い。流石は隊長様といったところだ)それまで均衡を保っていた力は大きく傾いた。 頑張っていた窓ガラスは砕け散った。 (よくもったものである) そうしてダイアモンドダストの如く光を反射し散りゆくガラスの破片の中で、暫し彼等は見つめあい(それはそれは大層穏やかに微笑みあっていたという)、二人を包む人工的事故により作り出されたひとつの惨事、煌く世界が終わるまでの数秒間、ひしゃげたフレームを挟んで手を取り合った二人のにっこりと微笑んだ両名のうち男が先に口を開いた。 「黒崎一護、俺がここに来た理由は他でもない、 お 前 に求婚するためだ」 「なんだそっか冬獅郎‥早とちりして悪かったな。」 だけど、と一護は続ける。だけど、と一護は続けたのだ。 「お前にはまだ早いだろ?」 これまたにっこりと、穏やかに朗らかに微笑んだ16の少年からのたまわれた台詞はそんなもので。冬獅郎は燦々と降り注ぐ陽の光の下、窓枠に乗り上げた状態で微笑んだまま自我を手放し、それでも今一度思考を回らさなければならなかった。屋根に足はついていない。届かない。 『お前にはまだ早い』 どういう意味だろう。どういう意図だろう。もしかしなくとも鼻で笑われた感じか? しかし彼はその、予想不可能な事態に連続して遭遇するという衝撃から鈍らされた超人的解析能力を無理矢理、半ば意地で活動させることに成功した。次に続いた少年の言葉を切っ掛けとして。 「冬獅郎‥お前はまだ若い。焦って結婚なんてしなくていいんだぞ‥?人生の伴侶は慎重に選んでいかないと」 俺も協力するからさ☆ あ、こいつ人の話聞いてねぇ 握った手に力を篭め、そう頼もしく笑った一護の白い歯に日光が反射して冬獅郎は目が眩んだとか。 どうやら一護の耳に『お前に』というフレーズは入らなかった模様。そして人を諭すようないい振りはまるで‥まるで (話には聞いてたがまさかここまでとは‥ここまで重度の) ブ ラ コ ン と は ! [黒崎一護のカルテ](父、一心記入) 一護少年の倒錯的愛情表現症候群は兄弟姉妹に異常な執着を見せる一般的なブラザーコンプレックスとは異なり、『みんなのお兄さんになりたい』☆(☆は記入者の気分)という年下ならば凡てその範疇に入ってしまう広域に及ぶお兄ちゃんになりたい願望を無意識のうちに抱いているものであり、これに当てる学名は今のところ定められていないので暫定的にブラザーコンプレックスのひとつと数える。これは軽度の精神障害を引き起こし、例として『都合の悪いことは聞こえない』というものが上げられる。 彼がこうなった原因として考えられるのは、幼少より自身に課してきた『兄像』がストレスとなり彼に『兄』でなければならないという思い込みを起こさせたということであるが、それもこれからの治療で明らかになるだろう。 なお、これと似たような症例に、小さい子をみると食べ物を与えたがるあの男が上げられるがこれはまたさらに一段階上のランクであると考えられる。『お兄さんになりたい』☆(しつこいようだが記入者の気分)というよりは『お父さんになりたい』☆(しつk‥)であるからだ。レッドゾーンは誰彼構わず養子に入れたがる、っていうか入れるがここに至ったものは未だいない。と、されている。あの白髪がヤバイよね。 治療薬として日番谷冬獅郎氏を処方した。親の責務放棄ではない。子はいつか親元を巣立たねばならない。世間の荒波に揉まれなければならない。っていうかあいつ(冬獅郎)ならやってくれると信じてるし。本人がそう云ったし。だから俺は娘たちのほうにかまけるんだし! 詰まるところ、歪んだ愛情を抱くのは遺伝によるものではないかと思われる。 終 2006/04/09 耶斗 |