二人だった ャ ム 双 生 児 死神の中に子供はいた。 橙色の類稀な彩をもって、鮮烈に存在を主張していた。 彼の大刀に切れぬものは何もなく、彼の足を阻むものは何もなかった。 同じく、死神の中に男はいた。 白銀(しろがね)の鬣をもって、壮烈に天地を翔けた。 氷の刃をもってして、白の兵団を塵に変えた。 先行く背中を案じながら。 「神」の名を厭い、自らを「烏」と称する者たちが現れた。 「死神」と誇った矜持はもはや失く、人にも戻れぬから「烏」と呼んだ。ひたすらに戦争を終わらせたくて。 血を流しても護れないものがあると、何度も何度も突きつけられて 死神たちは泪の中で烏になった。 啼くしかなくて烏になった。 新しい都が完成に近付いて、世界の平衡も元に戻ってきて、平穏の中にあった。 激動から安寧へと切り替わり、粛々と刻まれる刻を数えられる余裕も生まれて、間隙には空虚が入り込んだ。脱け出したはずの虚無が再び、何事もなく過ぎていくだろう日々の恐れとなって舞い戻った。 何もかも失くすのだと思った。 戦争が終わって、失くすものは無くなって、街を造って、人々が増えて 失くすはずがない、取りこぼすものもない。なのに確実に何かが欠落するだろう予感が 芯から身体を冷やしていった。 「ゲーム・オーバーです。黒崎さん」 「あぁ、そうだな。浦原さん」 「楽しんで、いただけましたか?」 「よく‥分からないんだ。浦原さん」 首を傾げて問う浦原の目はまるで痛ましさを抱えていて 「俺はゲームの中で、何も考えず、何も感じず、ただ求めていることさえ忘れていた。そうだな‥何も考えずにいられることを幸福と呼ぶのなら、俺は確かに幸福だった。俺の内を占める虚ろに苛まれないで済んだから」 だけど分からないな、浦原さん。と一護は白い廊下を共に歩く浦原へ振り仰いで言った。 「なぜ、パートナーが冬獅郎だったんだ?」 訊ねた一護に浦原は静かに微笑んだだけだった。そうすることしか出来ないと言う様な微笑だった。 棄てられた都市へ一護は戻った。風雨に晒され、塵芥に埋もれただろうと思われていた都に戻り、まだその容をかろうじて留めていた廃墟に入った。浦原喜助に望み、巨大なプログラムを都市一帯にかけた。 『ゲームの終了は?』 『永遠』 『嗅ぎつけられれば?』 『強制終了』 『対処は?』 『さぁ』 虚無は確かに身の内を満たしつつあったが、むしろその為にだか死にたいわけではなかった。安定しない心のまま生きることは苦痛だったが、死ぬことは逃避よりもするべきことではないように思えた。 『暫らくの、休暇ということにいたしましょ』 『‥ありがとう御座います』 浦原を、巻き込むべきではないことは分かっていた。だが他に頼る者も、一護が望むものを与えられるような者も知らなかった。 『大丈夫ですよ。もしばれても上手くかわしますから』 そう言って笑ってくれた浦原に、目を合わせられず目を伏せていた一護は感極まって頭を下げた。そして言った浦原の言葉に、あぁそうだったのかと見つけられなかった答を見出したのだ。 『いいんですよ。貴方に暴走されて、この世界の住人皆殺しにされるよりはマシでしょうから』 あぁそうだったのだ。このままでは己は、この世に存在する命の凡てを滅ぼしてしまいたくなる。 飽きていたのだ。 そして退屈を殺すために神になろうとした尊大な男と同じくなることを厭うていた。 一護がプログラムの最も効くひとつの廃墟に入って後数日、男が浦原を訪ねた。嗅ぎつけられたかと懸念した浦原は、しかし力で排除できる相手でないことを知り諦めて男を招き入れれば彼は浦原の懸念が無駄なことを教え、そして迷わせた。曰く、自身もまた一護の入ったプログラムの中へ侵(い)れろ、であった。そして彼はそうすることこそ一護の望みであると確信を持っているようだった。 『約束を、したわけではないんだがな。俺はあいつの側にいなきゃいけないんだ』 『不思議なことを仰るんですね。しかしあの中に入れば誰も、あの子さえ外にいた時の自我を失いますよ。貴方もあの中に入った瞬間、今考えているようなことでさえ忘れてしまうんです』 『凄いものを造ったんだな』 『はぁ‥まぁ。あの人の注文でしたから』 『優秀な科学者だ』 男の笑みは皮肉に見えた。それは浦原もまたその結果を皮肉に思っていたからだろう。 『コンピュータの中で動かすプログラムと違い、これは現実の世界へ影響させるプログラムです。私もどんな効果を見せるか正確に予測することは出来ませんでした』 ただ、画面に映し出される彼を観察することでのみ結果を知るだけで。 『真の望みを具現化させる。そんな装置か』 『おそらくは』 いいさ。男は言った。あまりに軽く、あまりに場へそぐわない調子だったから浦原は虚を突かれて男を見た。 『言っただろう。俺はあいつの側にいなきゃならない。それは俺が考えてそうしようとしてるんじゃないんだ。そう思えてならない。そうすべきだと、目に見えない何かが‥天意のようなものが俺を押し出そうとしているようでならない。そうしないといけないんだ』 さぁ、俺を入れろ。そして俺は証明するだろう。俺が誰も知り得たことのない自身の本意のままにここへ来たということが。俺がお前の知る最初で最後かもしれない、自身へ下された天啓を理解し得た者だということが。 果たして男はそれを立証した。 他の一切を忘れながら、彼は心のままに一護を護ったのだった。 「冬獅郎は何処に?」 「アタシたちより先に向かわれたようですよ。アタシたちも乗り物は別でしょうね。それよりもご自分のことを心配なさらないのですか」 「それはアンタもだろ。俺に付き合って裁かれるんだから。俺に威されたと言えばいいのに」 「そう言ってもいいですがね、あんまり説得力はなさそうですよ。プログラムの管理をしていたのは私なんですから。いつだって終了させられたし、貴方が気付かないまま殺すことも出来た。だけどそうしなかったのはアタシの意思です。それに罪とも思っていない。裁かれるとは思えませんね」 お叱りはあるでしょうけど。気軽に笑った浦原へ一護も笑い返した。 「日番谷さんはプログラムの中でも意思を持っていたようでした。お二人は殆ど植物のように過ごしていらっしゃいましたがあの方はプログラムの世界に不審を抱くようになられた。様々な処を探索して、少しずつ確証を得ていかれた。ですが、それも本能と呼びましょうか、真の願望に凌駕されて忘れがちのようでした。彼女を殺されたのは彼の真意ではありません。彼を囚える使命のためです」 一護は頷いて応えた。 「俺は自分も世界も忘れたかった。凡て拒みながら誰かが必要だった。無条件で側にいてくれる誰か。護ってほしいと‥思っていたかは分からないけど、依存することを許してくれる誰かを望んでいたんだと思う。その誰かは冬獅郎で‥望んだために俺はあいつを苦しめたんだな。俺はあの世界で何も知らない子供だった。何を知ることも望まない子供で、ただ諾々と生きていたい人間だった。俺はアンタも、あいつも、他の色んな奴らを巻き込んで、とても酷いことをしたんだな。だけど、浦原さん‥」 「その先は言わなくても結構ですよ。貴方はあの中へ帰りたいとは思っていらっしゃらないのでしょう?でしたら、それで十分なのですよ」 「確かに‥帰りたいとは、思ってないな‥」 だけど懐かしいと思ってしまうんだ。 その呟きを浦原は聞こえなかった振りをした。 日番谷冬獅郎は女が侵入(はい)って来た日、子供の完全なる世界が壊れることを畏れ、そのファクターを排除した。そして彼女のために刻まれた罅を修復しようと奔走した。だが、そうして彼が見つけたものは至るところに散らばった、もはや修復不能の罅だった。プログラムは崩れ始めていたし、初めからそうなることが予測されて十分のものだったのだ。 冬獅郎が排除したのは女だけではなかった。そして冬獅郎だけが排除したのではなかった。 二人しか存在してはいけない世界に不幸にも紛れ込んでしまった人間たちを、浦原もまた排除し続けていた。どちらが多かったかなど判然とはしない。きっと同じだけの人間を殺した。 「瀞霊廷へ帰るのは何年ぶりかな」 「約50年ぶりです」 50年逃避し続けた男と、50年彼を見逃し続けた男と、50年彼を護り続けた男が数多の血を吸った末に世界へと還って行く。 「代償は何だろう」 「拳骨ですかね」 声を合わせて、二人は笑った。 なんかダイジェストっぽいな‥ 2006/07/01 耶斗 |