「俺、護廷には行かねぇから」 さっぱりと笑った顔に唖然。 「は?」 数秒後日番谷冬獅郎の口から漸く出た声は別段出さなくても良かったと彼に後悔させた。 死神でもない仮面の軍団でもない真血だって知ったことかと 「ちょっくら旅しようかと思ってさ。現世とか?虚圏とか?SSにもたまには行くかもしんねぇけど」 護廷には行かねぇから さっぱりと、未練も名残も惜しみもなく黒崎一護は笑った。肉体から出るって気持ちよかったんだなぁ初体験だ!などと腕を広げはしゃいだ声を上げる。彼の老いた肉体は彼の直ぐ側にあった。21gだけ軽くなった骨と肉と固まりゆく血の集合体の側に胡坐をかいて、黒崎一護は迎えにきた日番谷冬獅郎に笑っていた。黒崎一護が32のとき手に入れた一戸建ての座敷は窓も障子も開け放ち、麗らかな春の陽が惜しげもなく畳に潅がれ、青い青い空と薄い白雲が彼の表情をさらに晴れやかにしていた。 生涯独身、愛した女も子供もなく死んで漸く自由を知ったと、肉体を棄てる折に今まで彼を縛りつけていたらしい何かからも解放されたらしい彼は実に清清しく笑った。 「四十六室は‥黙っちゃいねぇぞ‥?」 彼がそんな風に笑う顔など初めてみるし、そんな風に笑う声も初めて聞く日番谷冬獅郎は未だ唖然としたままとりあえず頭に浮かんだことを述べていく。 「護廷も勿論黙っちゃいねぇだろうし、なにより向こうで待ってる奴らがいるだろう。先に逝った仲間もお前が来るのを待っているぞ」 それでも一護はにこにこと笑ったまま、冬獅郎の言葉を聞いているのか聞いていないのか、もしかしたらこれから旅をするという国の景色でも思い描いているかもしれない、初めて出会った頃の姿の黒崎一護はにこにこにこと満面で笑ったまま 「楽しみだよなぁ、お前も来るか?」 なんて 本当に、本当に楽しみそうに笑うから 一抹の寂しさなんて忘れて日番谷冬獅郎は 「戻ってくるのか?」 なんて、垂れた頭の額を押さえて譲歩して 「んー、お前ん家って瀞霊廷の中だろ?瀞霊廷っつったら護廷だろ?」 んー、そうだなぁーと一護が何度か唸った後 「お前が待っててくれるってんなら予定より多く帰ってもいいかも」 なんて、戻る=(イコール)帰る(俺のところ)という図式が至極自然に彼の中で出来上がっているということに日番谷冬獅郎は情けないほどあっさりと陥落した。 斯くして黒崎一護は旅立った。取る物も取りあえず、と云っても霊体である彼が持っていけるものなど彼の家には無かったので、着の身着のまま、といっても霊体の彼が生きていたころの服に着替えられるわけもないので、幽霊らしく頭の中でイメージした格好に変身して雲のもとまで上昇していった。追いかけた冬獅郎は上昇を止めた一護と向き合って最後の挨拶とばかり右手を上げた彼に応えて手を振り、何をイメージしたのだか、時代錯誤のマントとハンチングを身にまとった一護は軽やかに身を翻し、あっというまに空の彼方へ消えてしまった。 死覇装姿じゃなかったなぁとか、斬魄刀を持ってなかったなぁとか、楽しそうだったなぁとか、アッチでコトを知った連中が五月蝿そうだなぁとか 迎えに来たのが自分で良かったのか、自分だったから良かったのか、自分じゃなければ良かったのか判じ切れないまま、日番谷冬獅郎は傍らで急かす様に翅を動かす黒揚羽を宥めながら、門を開くべく刀を抜いたのだった。 |