ほろほろと咲う






彼が余りに締まりない顔をしているからどうしたのだと訊いた。
「あー〜、満たされてんだよ俺、今」
平常、皺が刻まれ薄まることはないだろうと見受けられる眉間は見事に解かれ、そこに影があった痕跡は露も残っていない。人の肉や皮膚といったものは酷く柔軟なのだと思い知らされる。
「満たされているとは?何か好いことでもあったのか」
「さーぁ、なんだろなぁ」
聞きようによれば馬鹿にされていると聞きとがめられないでもない口吻はしかし厭に惚けていて。彼の云うとおり飽和しているのだろう。怒る気分を殺ぐほどには。
濡れ縁に脚を投げ出し反った背中を両手で支える彼は喉を仰け反らせて初秋の空を見上げていて。真夏よりも色を薄めた空色は着物に見る染めのようだった。薄く棚引く白雲を縁取る強い青はなりを顰め、しっと間もなく来よう冬の寒気に備えているようでもある。そういえば、夜には夏の掛け布が心許なくなって来た。
「満たされてんだよ」
真実幸福そうに呟いた表情(かお)を彼の背後に居ては確かめられない。満ちていると伝える声が彼の心情を知らせる凡てだ。しかしながら彼を飽和させる何者かは彼の内から滲みでて彼を内包しているように感ぜられた。そうしてそれは視覚として現れるのだ。蜂蜜色の光が彼を包んでいる。それは正しくは影の中にいる男から、濡れ縁と畳とを仕切る敷居の側に指を置き、日の光が注がるるを真正面から受ける彼を見たらば極自然の情景だった。単の少し毛羽立ったような表面に光が凝縮し散乱する。きらきらしく目を穿って、男は目蓋を下ろさずにはいられない。それでも閉ざすことは惜しく思われ、頑なに視線を留めようとするから頬肉を押し上げ眇め見る。そうだ、満たされているというのなら
「幸せは、伝染するらしい」
「あん?なんか言ったか、冬獅郎」
首をぐるりと回した一護の面は逆光に少しばかり判じ難く。
「いいや、なんでも」
男は先より穏やかな貌してゆるりと首を振って応えた。





満たされてるんだよ!誰も彼もな!










('07/09/25  耶斗)