その身体はようやく己の一物を咥えられるようになった程度だった。初めは指で、だんだんと、それはもう己には珍しく、はっきり言えばありえないくらい丁寧にありったけの善意でもって慣らしてやり、そろそろいいかと挿入してみれば痛いと泣いた。泣いたなんて可愛いものではないか、噛み殺さんくらいの凶暴さでもって睨みつけられた。それが痛みと快楽で蕩けていく様がまた楽しくあったのだけれど。 今は己の方が蕩けさせられそうだと、冬獅郎は熱のために弛緩するそこへ緩く自身を抜き差ししながら熱い息を吐いた。 せめてもの心遣いのつもりで布団の中へ入って事を進めたが、その肢体を見下ろしたいために身体を持ち上げてしまっていれば結局無駄な気遣いに終わった。 半ばずり落ちた枕に片手でしがみ付き、それへ縋るように顔を擦り付ける一護の口は力なく開かれ、流れるままの唾液に彼の顎も頬も、枕も濡れている。 普段己を威嚇して、決してこの存在を認めようとはしない強い光を放つ眼は熱に浮かされとろりと己を見やる。その視線さえ快感で、冬獅郎は喜悦に凶悪な歯牙を覗かせ哂った。 「あんた、熱のせいで具合最高だぜ‥?」 はぁ、といつだか彼が獣くさいと表現した吐息を吐きかけるように彼の貌の側で囁いて、わずかなりと残っているらしい理性から羞恥と恨みに光を取り戻す眼の愉快! 久しい。久しすぎて何時ぶりか忘れていた興奮とよぶ情動を、彼は会うたび呼び覚ましてくれる。 最高だわ、あんた。 もはや自分こそが彼に嵌っていることは明白だった。冬獅郎は一護もまた己の身体に依存しつつあることを傲慢なほどの自信でもって自負していたけれど、己もまたそうであることはこれまで頑なに拒否し続けてきた。 これだと、本気で看病してやりたくなるかもな。 興味本位で訪ねた部屋。熱の所為で、まるで情事の貌をしている彼に欲情したことを今更否定するつもりはないし、事を済ませばそれなりのことをしてやるつもりではあった。 それを、己の時間を潰してまで彼の看病にかかずらおうとまで考えるに至ったのは 「可愛いぜ‥?」 本気で、そう思い初めているからだろう。 これまで何度となく彼を揶揄かうためだけに囁き続けてきた科白を、冬獅郎は初めて実感を伴うものにまで昇華させて舌に乗せた。 泣き出すように歪んだ彼の目は、彼はそうと意識しなかった、優しげに細められたその目を見止めたためのものかどうか、冬獅郎は意識すらしなかった。 目を開けた時、それが多少倦怠を孕むものであれいつもの寝覚めと変わりないものであることに思わず頭痛を探した。見上げた天井の染みだとか、差し込む明りのために薄く張った靄のような翳だとか。どれも見慣れた朝の顔だった。 風邪は‥ 直ったのかと、それでもやはり重い頭を押さえながら身を起し、一護は中途半端な態勢で動きを止めた。 ‥なんだか‥ただならぬ感覚を下肢に感じる‥ ざぁっと一気に血の気は引いて、一護は醒め過ぎた思考で昨日の大事を思い出した。次いで朝日に顔を晒せないとでもいうように腕で庇ったそれを布団に押し付けた。身体を捻った拍子に腰のあらぬ部分が疼痛を伝えて泣きたくなる。 「あんの‥っ、最っ低野郎ーーーーーーーーっ!!」 虚しいと思いながらも吼えた声は布団に押し付けられているためにくぐもっていた。ついでに腹に力も入ったので、また腰の違和感を明瞭に感じて少しだけ後悔した。 「誰が最低だよ」 予想だにしなかった他人の声に、慌てて一護が入り口へ目を向ければそこに立っているのは最も目にしたくなかった貌で。 「てっめ‥っ!どの面下げて現れるーーーーーーーーーーっ!!」 いでぇっ、勢い欲起き上がった所為で転げまわりたくなるほどの痛みが腰を襲ったけれど(自業自得といえなくもないが)原因の男を睨んだ視線は外さなかった。(天晴れ俺!)しかし男の手にするものを目にとめて、きょとんと一護は男を詰るために開いた口を閉じた。一護がそれに気付いたと、男は満足げに口端を持ち上げて 「朝飯。腹減ってるだろ?」 喰いやすいもん貰ってきたから。となにやら気になる台詞も後に続いたが、その貌の良さだけで世間を渡っているような男だ、どこぞの罪なき乙女にでも貢がせたのだろう包みを掲げてみせた。餌食にされたお嬢さんを哀れとも申し訳ないとも思いながら心の中で手を合わせて、一護はいぶかし気に冬獅郎を見上げる。 一体何のつもりだろう。散々いたして後は知らぬ顔の半兵衛が朝になっても目の前にいる。もしかして今は朝でなく夕方なのか。一日は経っていないのか?しかしそれでも男がいまだ己の部屋にいる謎の解明にはならないし、外から聞こえる鳥の声は朝のものだ。 「んな顔すんなよ。看病してやってんだろ?」 面白がるような呆れるような、どちらにせよこの状況を楽しいものと認識しているらしい男は布団の側に腰を下ろすと、風呂敷包みを一護の前へ置いた。それからちゃっちゃと包みを開けて、弁当箱の蓋も開けて、二人分用意されている割り箸のひとつを割って 「なんのつもりだ‥?」 本当に、この男は、己の機嫌を降下させることが上手いものだ。 「何って、看病」 「自分で喰える!」 寄こせ、と己に煮た里芋を突きつける箸を奪おうとしたけれど、器用にも挟んだ芋を落とさず避けて、ついでにもう一本の箸も避難させて再度冬獅郎は「あーん」と楽しげに里芋を一護の口元でとめる。 愉しそうだ。この上もなく愉しそうだ。 見たことがあるようで初めてかもしれない笑い顔は、一護の冬獅郎を拒絶しなければならないという妙な義務感を掃う。抵抗は残りつつも、邪気のない(ように見える)顔に恐る恐る口を開いた。 「‥んまい‥」 思わず感動してしまう家庭の味に呟けば男は満足気に笑んで。咀嚼しているために言ってはやれなかったが、お前にじゃなくこれを作ってくれた人への賛辞だと睨みつけた。それでもまぁ、些少は男へ感謝する気持ちも紛れ込んでいたかもしれない。 結局男の好きに箸を運ばせ食事を終えた一護は今は何時かと男に尋ねた。それに男は察し良く眉を顰めて 「まさかあんた仕事に行くとか言い出すんじゃねぇだろうな」 「ダメなのかよ。もう元気になったんだから平気だろ」 「駄目だ。もう一日くれぇ休んどけ。ぶり返すぞ」 「平気だって、熱だってもう引いたしだるいとこも無ぇし」 まるで面倒を見られているような気分に、一護は短い会話を打ち切ろうと腰を上げようとした。 「‥っ」 「っと‥ほらみろ」 よろめいた一護を支えた男は座ったまま、呆れたような目線を一護にくれる。それを一護は不覚にも手を貸りてしまった羞恥もあって、己の手と腰に宛がわれた手を直ぐには打ち払えなかったけれど 「るっせぇ‥、これはてめぇの所為だろうが。風邪はもう治った仕事にいく」 とりあえず握られた手は払うと一護は屈めた背を起こし、意志を曲げるつもりはないと冬獅郎を見下ろした。見上げる冬獅郎は長嘆し、一度その秀麗な顔を一護から隠したが再び一護へ晒すと その険呑な瞳に慌てるよりはやく、布団の上へ引き摺り戻されていた。 「んな‥っ、お前、なにす‥っ」 腰への衝撃は庇ってくれたらしい。それを感謝しないことはないが、いい記憶のない流れに、己の腕を掴む男の手から逃れようと身を捩ったけれど鼻先が触れんばかりに近づいた貌に動きを止める。額は殆どくっつかんばかりで、零れた男の前髪が一護の額を擽った。仰け反るような喉が引き攣る。 「本気で、足腰立たなくしてやってもいいんだけど‥?」 物騒な声音。 どうやって?聞くまでもない。 予測するに容易な、そうしてここで反意を示せば男がそれを実行することは明らかな 一護はこれ以上男の貌が近づかないよう用心するようにゆっくりと首肯した。 被さった男は満足げに微笑むと、大人しく身体を離した。 なんだ‥?これ‥ 何からどう事態を理解すればいいのかと布団の中で思考を回らす一護は、どうやらまだ居座るつもりらしい男が側で己の本を開くのに言及することもできなかった。 終 2005/11/27 耶斗 |