色気のない顔、と己(おれ)は哂った。 やらしー顔、とお前は拗ねた表情(かお)をつくった。 多分、笑い出したい俺と、それを知っていて哂いを堪えてるお前。 眦が優しくて。 咲ってくれるのが嬉しくて 差し伸べてくれる手が切ないほどに愛しくて 触れ合わせる唇から互いの魂が交わるような奇蹟の幻想 これほどまでに誰かを愛したことが(それを愛と呼ぶのなら)あるだろうか。 疼く胸は哀しみに似てるんだ。 細い萱草色(凶色。禍をもたらすというならそうだろう。少なくとも俺は彼によって残りの生を狂わされた。残りというほど惜しくもないが)、触れることさえ畏れて指先が震えた。髪の間に指を差し込み頭皮を撫でるように前髪を梳き上げる。露になる額のすべらかさ。口付けたならお前は微笑(わら)う。 震えた睫毛に意思の通う錯覚。 抱きしめたなら素肌のさらさらとした感触が。これから己のために濡れるのかと思うと例えようもない優越感と恐ろしいほどの幸福感に頭がイカれてしまったのではないかと、それもまた満足感に内包されるからやっぱり己の頭はイカれてしまっているのだ。 抱く。しなやかに撓む若い肢体 乱れて絡む愛しい萱草は瞳を、角膜を、網膜を突破り 脳漿の柔らかな肉へ焼き付いて 俺の洞を染め上げていく お前は俺に変えられていくと云った(肉体の在り方が?性の方向が?) 俺はお前に侵蝕されていく 舐めて穿って注ぎ込んでも逆流するお前の熱が 焼き焦がさんばかりのくせに、酷く、酷く温(ぬる)いから 忘れてしまった羊水のように、俺に微睡を与えるのだ。 安らぎは失う恐怖を増大させる不安でしかない。 肉で繋がることの哀しさ 去る熱に追い縋ることの虚しさ 心なんて独りよがり 言葉なんて無力 絶えず疑い続ける弱さはお前が植えつけたものだ。 違う 違う、違う、違うんだ 疑うのは己の心 移ろい裏切る無慈悲な心 己が如何な人間か、知っているからお前が哀れで そうして自らお前を切ること叶わぬ臆病ゆえに、お前が俺を見限ることを望んで畏れて怯えてる 強いなんて嘘だ (俺を狂わすものが愛だというならそれは嘘だ) 愛に近しい虚妄の妄念 どんな言葉で終わらせよう どんな言葉で眠りに就ける? お前が安らかなれば己(おれ)は満足なのだ ただ、説明しようのない虚無に諦念を湧きたてられることが少しばかり哀しい お前は、己(おれ)の側にいるのに お前が、己(おれ)の側にいてくれるのに 寂しいのだ 悲しいのだ お前を想うだに切なさが俺を殺さんと牙を剥く 爪突き立てられた心臓から血が溢れ 己(おれ)を清めてくれたらいい 2006/04/17 耶斗 |