[眠いんです]




 朝方まだ夜も明けきらない時刻、けたたましい騒音に夢と現の狭間まで引きずり出されて。目覚まし時計感覚で掴んだのは死神代行証。
 魂魄が肉体から引き剥がされる感覚で目が覚めた。
 これはもう八つ当たりしかない、とこの上もなく凶悪だろうと自覚できるほど引き攣った表情筋で虚の下へ駆けつけて。
 送って。
 なんだか全然苛立ちが治まらなくて、無意識にあの世とこの世を繋ぐ扉を開けていた。
 一仕事終えた満足感からか、寝起きの身体に逆らった運動の疲労感からか。
 後のことなんか毛の先ほども考えられないくらい
 ただ、純粋に、眠くて。



「何やってんだお前」
(うわー‥寝起き悪ーい)
 人のことはいえないけれど、この男のは数段上だ。
 一護は自分が起こしておきながら悪いと思う気持ちは欠片もなく、(だって眠い)、嫌に敏感な男を眠たげな目で見つめ返した。
 忍んで入ったつもりだったのだ。屋根から廊下に降り立ったときも、部屋への障子襖を開くときも、音といえるような音なんて立てなかったと胸をはっていえるのに。勿論気配だって消してたはずなのに。
(まだ霊圧隠すの下手なんかなぁ‥)
 布団の端も捲った途端に起き上がった。
 刀を突きつけられなかっただけマシだと思っておこう。
 しかし兎に角眠い。目がしょぼしょぼする。
 瞬きを繰り返して一護は、自分の顔がまるで駄々をこねる幼子のようになっていることに気付いていない。
(あ、身体ん中にコン入れてきたっけ)
 それも直ぐにどうでもよくなって。
 結局口をついてでた言葉は
「寝かせて」
 返事なんて聴かずに無理矢理狭い布団の中に身体を捩じ込んだ。
 それをものいいたげな目でも許した冬獅郎だったが、ふと目に留まったそれに手を伸ばした。
「怪我してんじゃねぇか」
「うーー‥」
 瞼を掠めるほどのあたりに細かな切り傷。微少な血は既に凝固していたけれど、冬獅郎は屈みこんで舌を這わせた。
「う‥ん‥」
 もはや寝の体制に入ってしまっている一護はその感触を確かくは理解しておらず、なにやらくすぐったいから眠いのを我慢して寄っていた眉間をさらに顰め、嫌がるように首を捻った。それを頭に滑らせた手で制して
「傷つけんなっつっただろ‥」
 極々不機嫌な声が唸るように云った。その声が耳殻の側で篭ったように聞こえて、一護は思わず薄らと目を開いて冬獅郎をみた。
「んなこと‥云ってたっけ‥?」
 本当に極限に眠いのだろう。泪が膜をはって融けたような眼をしている。
 しかしこちらも起こされたばかりで半ば眠りの中にいる冬獅郎は、常なら心動かされるそれも平然と見返して
「云ったろ‥覚えとけ‥」
 一護の上に覆いかぶさるように身を沈め、そのまま二人眠りに落ちた。



 暫くもしない内、なかなか起きだしてこない隊長を呼びに来た乱菊がその光景に開いた襖を静かに閉め、とりあえず放心した頭で落ち着いて考えてみた後、静かにその場から立ち去った。
 隊長の寝所へと続く廊下という廊下総てに『立ち入り禁止』の立看板を配置しながら。






2005/07/07の日記より
2006/04/18 耶斗