飲んで

 食べて

  寝て

   起きる。



餓えて

 渇いて

  醒めて

   泣く。




(あたしは眠っていたかったのに)



ふと圧し掛かる気圧を感じて目を開けば執務室の長椅子だった。冴えた空気に足指の先が強張っている。起き上がらず目元を長いすの硬い生地に擦り付けながら覚めやらない眼で部屋を見回す。青みがかった墨を薄めて流したように、明け方の翳は寂漠としている。
あぁ、またあたしは寄宿室へ帰らずに(この言葉は何時も何か不具合を思わせる)仕事場で眠ってしまったのかと、椅子の傍に転がる酒瓶と湯呑を見下ろして嘆息する。隊長に怒られる。残業するでもないのにあたかも私室のように扱う不当さをあの人は、呆れた顔して窘めるだろう。

(眠っていたいのに‥)







この世界は不可解だ。
人であった頃(全く覚えていないけど)苦しむのは弱い者だった。力の無い、非力な下層の人間達だった。なのにこの世界では霊力(ちから)を持つ者が苦しまなければならない。弱い者たちを、彼らを脅かす化け物たちから守ってやらねばならない。その化け物だって浄化してやるために斬るというのだから、よくよくあたしたちは苦労してる。弱い者のために、弱い者を浄化し、弱い者を守ってあげる。罪を犯した阿呆どもは地獄へ堕ちるようにされているけれど、これじゃああたしたちこそが化け物みたいだ。そうだ、きっと、あたしたちは化け物なのだろう。化け物だから人の皮を被って人を守って人のふりしてる。人だって認められたい。存在していいんだと許されたい。死して尚、喰らう醜悪を認めて欲しい。
この世界は不可解だ。霊力(ちから)の有る者が苦しまなくちゃならない。



飢えで死んだら死んだ後も餓えなきゃならないのだろうか。
自分が死んだことはぼんやりと解っていた。なにやら一列に並んだ人混みの中で掴み上げられるように手を引かれたかと思えば次には地べたに独り転がっていた。
お腹が空いていた。
――何故だろう。あたしは死んだはずなのに
見上げた空は嘘みたいに鮮やかで。嘘みたいに清閑だった。

差し出された干し柿をあたしは食べた。年寄りの肉のようだと思った。







2006/05/15  耶斗