[神ノ島]



心の臓を一突きに貫かれて雛森は、笑った。

とても朗らかに、とても穏やかに、そして静謐に、嘲った。何をかは知れず、ただ彼女は可笑しかったから笑ったのだ。




知っていたわ
知っていました
だってずっと見ていたんだもの
だってずっと望んでいたんだもの

あなたが私を見つめてくれること

私だけを見つめてくれること
だからきっと、ずっと覗いていたようなものなんだわ


憧れが、理解からもっとも遠い感情なんて嘘
憧れこそ理解
冷徹なほどの理性の目
私は貴方を識(し)っている
貴方という一個の存在がどのような価値を(力を)持っているか知っていた
B あなたは神―――


知っていた
知っていました
あぁ、神よ


私を連れたもう‥



彼女は覆われる。幸福に。
満ち足りていく感覚に彼女はうすらと微笑む。それは、それほどの力しか自然とは滲み出なかったからだ。
(あぁ‥神さま‥)
縋る手から力が抜ける。滑り落ちる小さな掌とともに身体も崩れ、彼女は己の血で彼を汚してしまわないかと、それを懸念した。自ら離れて彼を清らかに守りたかったが彼女のひ弱な脚にはそれだけの余力も残されていなかった。頬が、眦が、まるで泣きつくようにも、惜しむようにも彼の胸を掠め、彼女は短い浮遊感の後、横様に彼の足元へ倒れ込んだ。強かに打ち下ろされた薄い肩から驚くほどの大音声が迸り、その場には少しの間余韻が木霊していた。
(最期に焼き付く光景が貴方のご尊顔だとは‥)
なんと光栄なことでしょう
反響しては消えていく打撃音と、鼓膜の裡から昇りゆく女の高く歌うような耳鳴りと。それらは混じり絡んで、祝福のように聴こえた。
(あぁ、今こそ私は跪き)
その足の甲に唇を触れ
(貴方に忠誠を誓うだろう)
もう沈みゆくばかりの血袋にはそれだけの暇さえ許されはしなかったけれど。


眩む世界で貴方は笑っている







***
けして理解しない。それが雛さんであればいい。

2006/07/27  耶斗





2006/06/18  耶斗