[神の庭]




 肺の奥から咽ぶような咳の声が聞こえる。

 あぁまたあの人は、と藍染は十三番隊の庭園を横切る足を止めた。
 何処から聞こえてくるのだろう。あの人は何処から僕を呼んでいるのだろう。
 自分一人の広い庭は秋色に色づいて、蛙の手に似た紅の葉がはらりはらりと舞っては白い砂利と鼠色の飛び石を隠していく。柔らかな様が褥のようだと眠気さえ誘われながら、藍染は微かに聞こえる、幻聴のような声の元を探す。
 十三番隊の隊長に面会を願いにいくところだった。この2,3日は調子が良いと聞いたからである。聞いてすぐに訪れたかったが、仕事に忙殺されて叶わなかった。それでも3日で片付けた。下位の隊士ならさらに倍の時間を要しただろう。恐縮する部下達から見た目穏やかに、内心毟り取るように仕事を引き受けた日から、空けた秋日の朝である。誘われる眠気も気の所為ではなかろう。

 藍染は耳を澄ませて己が足の立てる砂利の音さえ潜ませ潜ませ途切れ途切れの音を手繰った。弱弱しくて、今にも消え入りそうな儚い音。あの人の心音もきっとこのようだろうと藍染は思う。あの人の裸の胸に耳を押し付けて確かめたいと思ったことは一度や二度ではないけれど、それはあまりに過ぎた行為だと諫め続けている。手を握り、密かに手首で脈打つ筋肉を指先で掬うことならば辛うじて叶うのだけれど。

 十三番隊の庭は広い。隊舎の裏には鍛錬場があるが、鍛錬場と隊舎とを彼の庵から隔絶するように庭はある。まるでそれを護るように、広い庭は湖に抱かれた庵を囲う。白い髪の死神を隠す。
 藍染はそれが許せない。
 彼の庭は広大でまるで夢幻。夢想的で儚くて、なのに堅牢。意図なく人を圧倒しては、柔らかな微笑みで扉を開く。その腕(かいな)に招く。




 咳の声が聞こえる。
 藍染を呼ぶ声がする。
 隠れよう隠れようと縮こまる彼の腕を
 無理矢理に引き摺りあげる無法者を喚んでいる。





 神の庭にて貴方を探す








2006/07/30  耶斗