絶大な尊敬と 少しばかりの敵対心と 生まれながらの劣等感(コンプレックス)とで 貴方を想ってる。 「隊長はぁ、やっぱりぃ、私に対して侮りがあると思うんですよぅ」 呂律を疑いたくなる口調だが、乱菊は酒に口をつけてはいなかった。正真正銘一滴も、隊長様のお膝元たる執務室でそんな過ちは犯していなかった。 だけれどまるで疑っているような眼差しをくれた隊長様に乱菊は不満たらたらだという様子で唇を尖らせた。しかしながらそんな乱菊に不満たらたら‥苛立たしいのは隊長様の方であった。自分の補佐をする最も近しい部下がこの日はまだ酒に口をつけていないことなど、どんなに上手く隠そうとしても見抜く隊長様にとっては確認するに容易く、しかしながらソファの背にしがみついている姿は酒を呑んでいようと呑んでいまいと関係なかった。即座に恫喝の対象である。しかし堪えて隊長は云った。 「かもしれねぇな」 「あっ、なんか棘があるー!やっぱり私のこと大したことない奴だと思ってるんだー!」 「己の現状を鑑みろ」 堪えてはいるが限度はあるんだぞと知らせるように、隊長の声は床の上を這った。その手が見えるようだと、椅子の足まで届いたそれへ急に興が醒めたような眼して 「私に貴方を殺せますかね」 「そういえば以前一護が俺たちの関係は変だとか云ってたな」 「?、一護とどんな話してんですか」 きょとりと目を開いた乱菊へ、さぁなと書面へ目を戻した隊長はその影でしてやったりといった顔で笑った。それを察するくらいには慣れた乱菊は面白くないとまた唇を尖らせる。背凭れに寄りかかっていた身体を起こし、肩をそびやかす。息を吸い込むだけ本来の状態へ戻っていくようだった。 「刺激がないですねぇー」 左手で肘を掴んだ右腕を真っ直ぐ天井へ伸ばして咽喉で唸って。 ついでに腰を左右に倒して骨を鳴らした。 「一護がいるだろう。一護が」 「そんな言い方したら怒られますよぅ」 揶揄かう声には同意が含まれ。 自分から言ったくせに窘める目をする隊長に苦笑する。 きっと貴方もあの子と全力で戦いたいと思っているくせに。 そうしてあわよくば生死のやりとりさえしてみたいと願っているくせに。 難儀だ、と思う。私達は難儀な生き物だ。 「前言撤回です。そうツマらなくもありませんでした」 ひらり、と左手首を払って、勢いをつけてソファから立ち上がった。翻した背に戻る髪の感触を待ってから乱菊は振り返りたい欲求を堪えて、厠へいくと理由をつけ部屋を抜け出した。上司の視線が腰まで覆う髪を潜り抜けて背中へ刺さっていた。今度ばかりは計りかねたのだろうか。それともやはり全て悟(し)っていて、乱菊の出方を探ったのだろうか。賞賛だったのかもしれないし、哀れみだったのかもしれない。気付いていることに?それとも勘違いだと? 私達はぎりぎりのところに立っている。 そうは思いませんか? ぎりぎりのところでどっちつかず、揺れている。踏ん張っているのかもしれないけど、空虚が点在する精神構造では無気力に、身体を押し出す風を待っていると云えないか。 ぎりぎりなんです。私達は。 私達が立つ一線を理性と呼ぶのか正気と呼ぶのか良心と呼ぶのかは知りませんが。破滅と保全を同時に考えてる私たちだから 「喜劇ですね」 誰もいない廊下で一人呟いた。それから 「あ、肝心の答え聞くの忘れてた」 詰まるところ、憎悪ばかりの私になれればいいのに。 2006/08/29 耶斗 |