だって気持ち悪くないか?肉だぞ。
言って、黒崎一護はまるで今もそこにその、彼の云う「厭な感触」をもった物体が密着しているかのように拳で自らの唇を押さえた。


「ガキ‥」
 それを見ていた日番谷冬獅郎はひとつ溜息を落としてそう云って。途端、噛み付くように口を開いた一護を片手を振ることでいなして
「お前女性恐怖症だったのか‥?女性不審かそれとも自分に自信がないか?」
 どちらにせよ、暫らくは女もできないなと呆れたように顎を上げた。二人はいつものように冬獅郎の私室にいて、午後の陽が白く差し込む畳の上で座卓はなしに向かい合っている。大抵訪問は一護の伺いからで、そして大抵その時冬獅郎は家で寛いでいる。だから今まで一度だって一護は訪問のタイミングを外したことがない。冬獅郎は一護を待っていると思えてしまうくらいには。
 しかしながら今日顔を見せた一護は常なら直ぐに胡坐をかく足を正座して、まるで畏まっているかの態で冬獅郎の前に座った。
『なんだ?』
 そこはかとなく面食らった冬獅郎は問い
『気持ち悪いんだよ』
 叫びたいのを必死で耐えるような顔で、ぎりりと歯を食いしばった一護は搾り出すように泣き出す手前のように言ったのだ。それがあんまり曖昧な声音で、冬獅郎は瞬間自分のことを言われているのかとちょっぴりむっとしたのだが、また直ぐに理由を話し出した一護にあぁそうかと得心したのだった。
「女性恐怖症でも不審でもねぇよ!ただっ、なんかっ」
 気持悪いんだよぉ‥
 まったくもって情けない顔をされれば普段なら眠っている年長者の意識というものが頭を擡げて、冬獅郎はなんとかしてやらなければならないのだろうかと、一種強迫観念めいたものを覚える。なんだってこの男は時々こんなにも子供っぽいのだと、互いの歳を忘れてしまっている彼は腕を組み、考え込むように首を傾いだ。
「それで何故俺のところにきたんだ?」
 自慢じゃないが冬獅郎にも女はいない。それを彼は伝えたけれど。
「お前には決まった相手がいないだけで女が駄目なわけじゃねぇだろう!?知ってんだぞお前が花町に行ってんの!」
 そうしてそれが大罪であるかのように一護はびしっと指を突きつけつつのたまった。だから冬獅郎はまた一つ嘆息して「男の生理なんだから仕方ないだろう」と云ってやろうとしたのだが。どうにもこの日は幼児退行してしまっている一護にそれは惨いだろうかと思い直して
「どうして欲しいんだ?」
「‥気持ち悪いんだよ‥」
「気持ち悪いのか」
「気持ち悪いんだ‥っ」
 目に泪さえ溜めかねない表情の一護に、これはただ鬱憤を聞いてやればいいだけだと悟って冬獅郎は
「茶でも飲むか」
 と、頷いた訪問者のために腰を上げたのだった。






人肌が駄目な黒崎一護。

2006/05/21  耶斗