ぐぐぐと堪える子供を見て、冬獅郎は思い切り罵倒してやりたくなる。そんな衝動はとうに失くしてしまったと思っていたからそれはもう内心世界が崩壊するのを見るより驚いていたのだが(だってそれは己の世界の崩壊と云ってよかった)云百年もしかしたら千に足をかけた身の上としてはそうそう感情に流されるのも阿呆らしいというか沽券が許さないというか どういおうと戸惑いが過ぎて惑乱に達していたということを男は自覚しなかった。 子供とはえてして強がりたいものだ。 弱いくせに弱いと自覚してるくせにそれを人に晒して慰められるのを厭うばかりに自分の力を誇示しようとする。 大人のなめた見分はえてしてそう評する。 日番谷冬獅郎は世に跋扈する大人の勝手なイメェジを、彼自身長く憂き目にあったお陰で、胸糞悪いといって唾棄していたのだがなんということ彼自身が子供に対してそんな、達観とはいえない感想を抱いてしまって後ほど烈しく後悔するのだけども今ばかりは取り込まれてしまった。 そして声高に詰られ初めて自分の愚かを知る。 彼に何を言ったのか、冬獅郎は憶えていなかった。 そうして罵倒されたのは自分の方だったと気付いて恥じるより狼狽した。 俺、今、何言った? 馬鹿野郎馬鹿野郎と腹の中に悪態を堆積させながら黒崎一護は乱暴に土を踏みつけ人を押し退け白壁に挟まれた通りを押し進んでいた。 なんてムカつく野郎なんだ! 大人とはえてして偉ぶりたいものだ。 自分はなんでも知っている。自分にできないことはない。少なくとも子供のお前よりは。自分こそこの世の理で。お前等は俺たちを見習うべきだ。俺たちを尊敬し、俺たちに追従すべきだ。 そんな局部的ないきすぎないっそ頭イカれてんじゃねぇの精神鑑定行って来いよむしろ凶行に及ぶ前に社会から消え失せろ変態 が世にいう大人だなんて一護は、結構それなり短くない間憂き目に会い続けて洗脳されそうになっていたけれど幸い良心の人々(大人)に救い出されて性根が曲がるまでには至らなかった。のだけれど 殊ここにきて嫌なオーバーラップ。本気で大人が嫌いになりそうです。 と目に付く人間という人間(何だってこの世界は大人の人口のほうが圧倒的に多いんだ!)皆敵敵敵と目をぎらつかせ、並々ならぬ力を有すが故に彼に逆らえる人間なんて限られているなんてことも忘れて睨みつけ、可哀想に道端に座り込んでしまった厳めしい熊髭のおっさんにトドメの一睨みを食らわせて不穏な空気を倍々にさせながら当て所なく足を動かした。疲れたらその場に座り込んでやれ。彼はそう考えていたのだが、不幸なことに彼の力は圧倒的でただ歩き回るだけで体力を消耗するなんて3日あっても不可能だった。 ムカつくムカつくムカつくムカつく 「あぁ腹が立つ!」 突然足を止めたかと周囲の人間がびくりと竦めば、そう大様に天へと叫んでさらに衆人を肝胆寒からしめた。正拳突きの構えとった拳が何処に打ちつけられるのかと、自然彼を囲んだ穴は広がった。 優しい人間ばっかだって知ってるよ。エラぶった奴なんか一人もいねぇよ。皆好い人たちさ!あぁそうさ!もう何言われたかも何言ったかも覚えてねぇよ! チキショウ子供なんて!大っ嫌いだ!! 男とはえてして強がりたくて偉ぶりたいものだ。 厚顔不遜で女の都合なんかお構いなしで結局この世は平等なんてありえない。月一血ぃながしてあんたら産む用意してやってんのにそれを拝む気概もないものか。自分が生まれた故郷くらい慈しんで大事にしてくれりゃいいのにまるで四六時中腰に背に負う刀振り回す戦場みたいに蹂躙しようとするのだから蹴り飛ばして食い千切ってやろうかと そんな今更狂人めいた輩のいようはずがないことはとうの昔によくよく知っているのだけれど。これは古来の風習か因習か、もしかして遺伝子に刻み込まれた記憶かしらと時々、ほんの時折乱菊は思うのだ。 今やどんな男だって自分を屈服させることはできないし、出来る力をもった男は誰も性で人を分け隔とうなんてしやしない。良識ある人間ばかりだ。とりあえず知っている限りでは。 「どうしたんですかタイチョー」 なんか暗い顔してー、と 「どうしたのよ一護」 なんか変な顔してー、と この日乱菊は二人の男に声をかけ 一人には蒼い顔で「なんでもない」とやんわり押し留められ 一人には紅い顔で「なんでもない」と突っぱねられた それで松本乱菊、彼女が二人に何をしたかといいますと 「なんでもないでしょう!」と怒鳴って喝をいれ 宥めすかして理由を無理矢理引きずり出して 男はとある人物に考えなしの暴言を吐いてしまったと 子供はとある人物に好意の言葉を無碍にしてしまったと 言うから懇懇と諭してみた。 「あのですね、隊長。それは隊長がその人を想って想ってどうしようもなくてついつい自分の感情とシンクロさせてそれがそのまま爆発しちゃっただけで、それもその人があんまり大事なものだから抑え切れなかっただけで、まぁ馬鹿だなぁとは思いますが一生懸命な隊長の態度なんてそうそう見れないことをその人も思い出したら改めて考え直してくれるんじゃないですか、くれますよ、だって隊長の大事な人でしょ?さぁさぁそんな暗い顔してないでくださいよ周りまで気が滅入っちゃいますよ一体その人ってどんな人なんですかね隊長にそんな顔させるなんていっぺん見てみたいですねホント隊長が顔にだす感情なんて面白くないかイラついてるか怒ってるか怒鳴る寸前かなんですから。え、仲直り?隊長本気で言ってんですか槍が降りそう‥あ、なんでもないです空耳です。(やっべぇ口出ちゃった)そんなら素直に自分の気持ち話して謝るのがセオリーでしょ、ダイジョブですよいざとなったら隊員全部で頭下げますから。え、それはいい?そうですかそれじゃあ頑張ってください。ちなみに私久里屋の徳利最中が好きです」 「一護、それ確かに傷付くわー。あ、違う違う一護の方よ。んなこと言われりゃ怒るなって方が無理。大体一護が我慢ならない一言なんて相当なもんよ?それを知らない人間がいたんだってことが驚きね。でもそうじゃないかもね。分かってるから言っちゃったのかもしれないわね。ほら、ポロっと。あるでしょそういうの。あるわよね、嫌よね人間て。そんでポロっとそういう台詞言っちゃうってことはそんだけアンタに入れ込んでるってことよね、アンタのこと自分のことみたいに考えちゃうのよね一生懸命よね、そして自分が気付いてなかったらお笑いよねいやいや一途で微笑ましいわよね程度によるけどね。あら、其処までは考えてなかった?まぁまぁ、違うかもしれないしそうかもしれないってことでね。え?仲直り?出来るわよぉ。無理なわけないでしょいざとなったら十番隊総出で相手の奴に土下座してやるからー。あ、それはいい?まぁ一番上の人に言ったら力で脅しかねないもんね、物騒よねー。うん、じゃあいってらっしゃい。ちなみに私久里屋の酒饅頭好きだからー」 苦笑しながら手を振った男と相好を崩しながら手を振った子供を見送りながら なんだか今日は似たようなこと訊かれて似たようなこと言う日だなぁと 二人の人物から似たような告白を聞いた乱菊は今夜のおやつは豪勢かしらと職務の引けた後を考えたのだった。 女はえてしてお節介焼きだ。 自分のことじゃないのに自分のことのように泣いたり怒ったり笑ったり 忙しなくて理解不能の生き物だ。 快活だったり悪辣だったりか弱かったり逞しかったり 折れない芯を一本持って、はっとするほど綺麗だったりする。 二人目的の人物の霊圧を探りながら、それが二倍の速度で近付いてくるのにこっそり勇気づけられつつ、救いの女神への供物を閉店前に買わなきゃなぁと二人同じ時考えているのだった。 2006/06/06 耶斗 |