井上、井上、今だけでいい
今だけでいいから私を抱いてくれ。私を愛してくれ。
しなやかな腕に私を絡めとって
ふくよかな胸に私を抱いて
柔らかな胎に私を眠らせて
せめて錯覚で構わない。嘘でいい。憐れみでいい。今だけでいいから私を抱いていて。

足を畳んで座る彼女の膝へ縋るように身を横たえてすべらかな白い頬に手を伸ばす。泣いていたのか?涙の跡だ。微笑む唇は私のためか?未だ濡れる瞳は誰をみる?何をみる。私を映してその奥に、私を越えたその先に
お前は何を視る?
破面の姫よ、アマテラスよ。月にもなれない私はどうしてお前に愛されればよいだろう。
薄茶の髪は内より光を放ち甘い橙の溶けるような色。あの子供によく似た彩(いろ)。
今だけでいいのだ、井上。

お前の想いは思慕ではないよと云ったのは何時の時分だったろう。同属相憐れむ感情だよと云ったらば傷ついた眼をしてそれでも言い返さずに噛んだ唇の柔らかそうな感触を眼に憶えている。ふくりと膨らんだ下唇は、彼女の身体のどこもがその様に柔らかいのだと教えていた。
あの子供の背中を追うお前はいっそ哀れで見ていられないのだよと、伝えられぬままに私はお前の小さな背中を見詰めていたのだ。細い身体の、砕けそうな脚の、薄い肩の、浮き出る貝殻骨の。ただ一つ、女たらん胎は生命を宿すべく、種を迎えるべく膨らんでいた。
その胎に巣を囲いたいと願っただろうか。番になるならあの子供だと心に決めていたろうか。あの子供は護ることばかりに夢中で慰めることは知らぬというのに。
あの男の背中を追ってやまないお前の視線が悲しかったよ。

人形のような女は動かない。微笑みを絶やすことなく、瞬きは稀だというのに眼は乾かず潤んでいる。熔けた硝子のように熱を湛えている。深く、昏く、そこに映り込む私は滑稽だ。みすぼらしくて矮小だ。お前の眼差しで潰れてしまいそうなほど慄くのに、お前に見詰められることが嬉しいから歪な笑顔で微笑み返すのだ。
白い衣がよく似合う。
着ていた服は脱がせて紗の衣に着替えさせた。白襦袢を透かす白の紗はさらさらと彼女の肌を滑って綺麗。涼しげで、儚げで。お前に昼の強すぎる蒼は似合わない。静かな夜こそ相応しい。そこで眠らせてやりたいのに、太陽に焦がれる者たちがいるから彼女は己が身を焼かねばならないのだ。
井上、井上、どこへも行かないで。

今だけでいいのだよ井上
眠りたいのだよ井上。お前と共に眠りたいのだ。私の傍で安らいで欲しいのだ。
うつらうつらと彼女は少女の膝に伏せた。少女よりも細い手首を太腿に載せ、虚弱にも見える華奢な身体に不似合いな袴姿で、白い衣の神に頭を凭れる。
井上、この安らぎが愛と呼べるものなら、私は愛に殉ずるのだと思う。










('07/10/04  耶斗)