女同士であることの不可思議を神に問う。あなたに問う。

愛などという言葉が生まれたのは何時だったろう。
それは遥かに時代を遡らなければならないほどの昔ではない。私が初めに知ったのは何時のことだったろう。そうして、それを確かく理解したのはごく最近のことだったろう。
窓の桟に頬杖をついてグラウンドを見下ろせば、亜麻色の長い髪をひとつにくくり上げて制服を体操服に変えた織姫がいた。ルキアはそれを見下ろして、気だるげなため息を落としたのだ。
「よ。なーにしょげてんだよ」
肩を叩くでなく頭を叩いたのは一護だった。居候している押入れの持ち主だ。正確には、家は父親のものだから彼に間借りしているというのは奇怪しな表現だ。しかし己の存在は秘密であるから、勝手に拝借しているようなものだ。それとも、彼に与えられた部屋だというなら、押入れも彼のものなのだろうか。人とこのような形で馴れ合うことなどなかったから、よく分からない。
「しょげているのではない。外を見ているだけだ」
ぞんざいに一護の手を振り払う。顔は向けず(向けても、表情の変わらぬ貌など見ていてつまらない)、視線は彼女にそそがれたままだった。背後で諦めたようなため息を聴いたが、それは呆れのものかもしれない。たかだか15のガキが。
言った後で己の声がおどけることに失敗したのを知った。誤魔化すことに失敗した。それがいかにも恥ずかしいことのように思え、八つ当たり的に腹が立った。
何怒ってんだよ。一護は遠慮するように呟いたが、ルキアはそれに応えられなかった。変わらず頬杖をついたまま窓の外を、陽光を浴びて笑っている織姫を見つめている。ルキアの視線の先を探すためにか一護が体を伸ばしてルキアの頭上から外を覗き込んだが、腹にルキアの肘鉄を見舞われて蹲った。
「てめぇルキア!」
「うるさい阿呆」
見るでない。
言外の牽制を嗅ぎ取ったか、蹲って腹を押さえる一護の探るような視線を感じた。まったく、この子供は遠慮を知っているのか知らないのか。かといってあからさまに好奇心を示すではないことがまた苛立たしい。もどかしいと言おうか。
「貴様の所為だ‥」
「はぁ?」
吐き捨てても小声ならばそこに忌々しげな響きが伴われたことを聞きとめられはすまい。小さな独り言にしか聞こえるまい。
検討もつかないという顔の子供を振り返って、一瞥した後ルキアは彼の背後をすり抜け廊下へと出て行った。教室には彼ら二人だけで、ルキアの素気無い態度に呆気にとられたのは一護だけだった。しばらく蹲ったまま、居候の出て行った教室の後ろ側出口を見つめていた。ルキアは去り際に言ったのだ。すれ違い様、一護の背中に落としていった。その声の余韻は、一護は貝殻骨の間に染込んで離れなかった。
『彼女は私の寄り添う人だったのに』
なんのことだか、分からなかった。

見つけた。彼女だった。彼女の筈だった。彼女しかなかった。神聖すぎるあまりにささやかな接触さえ畏ろしい。彼女が私の「寄り添う人」だった。見てはくれまいかと願うことさえ過分だろう。だけれど傍へいなければならない女性(ひと)だった。私の、傍へ。
あの雨の日を、貴女は憶えているだろうか―――――










('07/07/11  耶斗)