『それが友人へ抱く類の感情でないのなら、お前はこれ以上あの子に近づくのを止めた方がいいよ。』 白い髪の隊長が優しくそう云って下さったのを、部屋を出て行きかけていた私は肩越しに僅か振り返る素振りを見せただけで、彼の顔は見なかった。 浮竹隊長が心配している、とまるで私を責めるような眼で教えてくださったのは九番隊副隊長だった。隊長業務を引き継いだ彼は、最後に見た折よりも痩せていて、彼を疲れさせているものが多忙な日常なのか、忘れられない過去の失望なのか私には分からない。 それでも他人を気遣う余裕はあるらしく、特に親しくしているらしい浮竹隊長の様子を報告してくれたりなどして下さる。 すみません、と頭を下げたのは、彼のそんなタフさに感歎したためか、単なる儀礼だったのか、何かに引かれるようにして私の頭は下げられた。 「旅禍の子のとこに行くのか」 「”旅禍”ではありません。井上です」 「あぁ、悪ぃ‥」 本当に悪いと思っておいでなのか。九番隊副隊長は三白眼で、幼馴染の素敵眉毛もそうだが、一見すると薄情そうに見える。だがそうでないことは噂に聞こえる。今だって、4ヶ月も経った今だって、井上を”旅禍”などと呼ぶ。恨んでいるようじゃあないか。 「浮竹隊長は、私が井上と仲良くすることを好まれないのでしょうか」 「あ?あー‥いいや?」 そんなことないと思うぜ?と副隊長は気まずそうに頭を掻く。視線は空に投げられて、私は地面を見詰めていたからその気配だけを感じていた。 「ただ、心配はかけんな」 語尾は弱くて、気遣っているのかそれとも云い辛かっただけなのか。一体二人ともなにを心配しているのだろう。私は”友人”に会いにいくだけなのに。 「そんじゃま、気をつけていって来い」 結局彼の云いたいことは要領を得ないまま、九番隊副隊長は背を向けると、腕を振りつつ去っていった。私には浮竹隊長が心配していて、それが九番隊隊長にも伝わっているということだけが分かった。浮竹隊長が心配しているらしいことくらいは疾うに知っていたのだけれど。 私は黙して声は出ない。独り言はあまり云わない。唇が、詰まらないというように少しだけ尖っている。唇の先が重く、気持ちのよくないものが溜まっていくようだった。 私は独語しない。鳩尾を搾られるような感覚は言葉に変えられない。吐き出したいものはあるのだろうけれど、唇は引き結ばれるばかりだ。くだらないと吐き捨てたいのか、分かってくれないと嘆きたいのか。 そのどちらも分からないから、とりあえず井上の処へ行こうと思った。 2007/02/08 耶斗 |