ぶん殴ってやろうかと思った。




井上は一護のことを好いている。女として、男としての一護を好いている。
それに気付かぬ一護を、私は嫌いだと思った。

井上が破面の元へ下ったと聞かされたとき、私の中で滾った怒りは一護へ向けられた。理不尽なことだろうと私も思う。思うけれど、已められなかった。逆恨みだと、分かっていても。

井上は一護を好いている。一護はそれに気付かない。一護は誰をも護るからだ。けして一人には絞らない。それが彼の在り方だとしても、果たしてそれが絶対かという保障はないままだ。
誰かのためだけに生きることは可能だろうか。
否。

どれだけの想いであればこそ彼女は我が身を投げ出したのだろう。どれだけの報いがあればこそ、彼女は我が身を犠牲にしたのだろう。
いつか一人の男を慕った、私の心など幼稚だったのではないかと突きつけられる。
それとも、己で為すしかないと思い込んだ彼女の一途さこそが愚昧なのだろうか。
すぐにも追いかけようと逸った私を抑えたのは、幼馴染と兄だった。

突きつけられる
突きつけられる

二人の眼はよく似た色で私を射抜く。


男達は皆似たような目をしている。私はそう思う。同じ立場にいるからか。それでも女と男の眼は違うと思う。本質が違うためか。霊魂であっても、役割は別たれたままか。
男はひたすら前を見ている。ひたむきだ。進み続けることを考えている。前を見ている。前を、前を。
同じ景色を見るためには、あとどれくらい強さを得れば良いだろう。
井上はきっと、ひたむきに、あいつの背中を見詰めていた。

柔らかな髪、大きな瞳、たおやかな腕、しなやかな身体。
井上を構成する細胞は全て愛しい。優しい。
井上が笑うと嬉しい。井上が泣くと悔しい。井上の我慢は、時折我儘でもあった。こちらが遣る瀬無くなるほど、他人を思いやる娘だから。
誰かのためだけに生きることは可能だろうか。



井上ならば、きっと







2007/02/07  耶斗