「お堅いなぁ」
のんびりとした独特のイントネーションに振り返りながら、イズルは簡単な会釈を返した。それを見留めて、さも面白いという風に、声をかけた男は常からつり上がっている口角を更に引き上げた。
「隊の象徴なんて気にすることないねんで」
足元に散らばる、元はひとつの塊だった醜い肉片を見渡しながら男は歌うように笑う。避けきれなかった返り血の付着する黒装束を纏うイズルとは対象的に、全く対象的に、男の白い陣羽織には染みひとつなかった。それもその筈といえばその筈で、男はイズルの戦いを見ているだけだったのだから。
血溜まりの中にイズルはいる。草鞋の吸った朱は足袋にまで至り、始解した斬魄刀を握り締めている。首を刈る形状の刃は赤黒い液体を滴らせながらてらりと濡れて。
血溜まりに立つイズルは、ただ濡れた足袋をだけ不快に思っていた。

「隊長にはそうかもしれませんが、如何せん僕にはこういう殺し方しか出来ませんので」
意図しようとしまいと、このような惨状になってしまうのです。とイズルが頭を垂れながら零したなら、それは嘘だとギンはせせら笑った。
「お前の刀も、スッキリ殺せそうな形しとるけどなぁ」

切り刻み、わざわざ凄惨な情景を作らずとも、隊の規範に則らずとも良いのだ。戦いに狂気は要らぬ。刀に狂気は要らぬ。
刃を振り下ろすその瞬間、肉と刃とが触れる一瞬の空気の層、そこに狂気はいつも宿るのだ。
その狂気に飲み込まれれば狂人と呼ばれる。征服しなければならない。完璧に、一分の隙もなく征服しきらなければならない。

ギンは想う。
イズルが戦い続ける道の後には幾多もの首が転がるのだろう。
ギンは夢見る。
生首で築かれた山の天辺で、まるで天へ許しをこうように跪くイズルの姿を。
それはなんと神聖な情景だろう。

「飲み込まれたあかんよ」
イズル?飲み込まれたあかん。そう言いながらギンは副官に背を向ける。そのままで居なあかん。歌うような足取りで元来た方角へ引き返しながら、後方のイズルへ慰めるように言葉をかける。
生首の山の天辺で、正気を保ち我を見つめ返すイズルの眼はどれほどキチガイじみて見えるだろうかと楽しみを膨らませながら。










三番隊

2009/05/05  耶斗