「私はあやつに力を渡しました」

「人には過ぎた力だった‥。忘れていました。いえ、‥私は、分かっていなかった。」
 軽率でした
 そう言ってルキアは俯いた。悄然と、漸く理解した罪に打ちのめされるより慄いた。
「私はあやつに、虚に襲われる霊魂凡てを救う覚悟があるかと問いました。そう尋ねて、あやつの覚悟を試したのです。あやつは、あやつは‥ごちゃごちゃ五月蝿い、と。助けたいから助ける、と。
 私は、何をほざくかと思ったのです。手の届く範囲だけ助けてなんになると。ですが、確かにそうだ。あやつの云うとおり、助けたいから助けるのだ。義務など思惟など関係なく、意志が身体を動かすのだ。
 だがそれこそ私の青さだった!」

「私はあやつに死神の力を渡しました。目の前の命が惜しかったからですっ。だが巻き込むことは救うことか?違う。戦う力をくれてやることが救う道か?世迷言だ!
 私は惜しかった。怖ろしかった。目の前で命を奪われることが。戦う力を持ちながら動けぬ私が!
 悔しかったのです‥」

「だからこそ私の行為は正当じゃない!私の理由など欺瞞です!独りよがりの戯言に過ぎない!結果あいつはどうなった!?戦う力を得た!護る力を得た!だがあいつはその為に苦しまなければならなくなった!!何処にも往けず、何処にも己の在り処を見出せず、安らぐ場所など慰められる安寧などない!」

「私は‥畏しい‥」
 私は、悲しい
「ひとつの、命を‥悪戯に弄んだ‥」
 真実、私の護りたかったものとは何だったのか。
「それでも私は、あやつが私を迎えに来たとき‥」
 世界を知らぬ子供を叱咤し、護らせようとしたのは何だったのか。
「その愚かさが、愛おしいと、思いました‥」
 子供は世界を知らなかった。自分の足が延びる域の、手が届く距離の、人に揉まれ、そうして形成されていく発育途中の自我の羊膜に
 刃突き立て無理矢理に引きずり出した。
 世界の惨酷を覚悟し得ないまま、その冷たさを庇う術を得ないまま
 私は子供に飛翔を強いた。
 飛ぶことを已めるならば落ちて潰れるだけの、宿り木の在り処も教えぬまま。



「自身を責めるな朽木。お前はお前のやるべきことをやったんだ。恥じるな。お前の選択の是非は、お前の決めることじゃない」
 ならば誰が決めるというのですか。ルキアはぐっと咽喉の奥を叩く罵詈を押し込める。殺しきれぬ昂ぶりが目の奥まで迫上がって、それが零れぬよう大きく鼻の奥へ空気を吸い込んだ。
「朽木。判断を急ぐな。お前はまだ、何も見てはいないんだ」
 浮竹隊長、ならば貴方には見えている‥?それがどんなものか、貴方は知りえているというのですか。
 尊敬してやまないはずの隊の長へ、ルキアは詰る言葉をひたすら呑み下し続ける。

 力をくれてやった。
 あの子供が自らの足を見出した今、私は思わずにいられない。
 私はあの時、子供の家族諸共、虚に喰われるべきではなかったか。

 虚を排除する仲間は多くいる。虚も一度にそう多くを襲わない。腹を満たせば、そして死神が一人散ったと知れば、護廷は直ぐに代わりを宛がうだろう。

 私はそれを予想していたはずだった。

「朽木」
 これ以上、続く言葉はないと思っていたルキアは、長の声に驚き思わず面を上げた。彼女の黒々とした眼に映ったのは、闇にさえ染まぬ白の羽織と相似の長い髪だった。
「お前にその道をとらせたものは、人が−−−と、呼ぶものかもしれない。俺はそう考える」
 抗えない大きな力はあるものだ。
 長の言葉は穏やかで、彼の思慮深さを大いに表していた。
 彼の声は慰める。そんな力を持つのは、彼が生きた年月のためか、それとも彼生来のものなのか
 測るにはルキアはまだ若い。
「貴方が‥そんな言葉を信用される方だとは‥知りませんでした」
 慰められたか口端が笑んで、ルキアは自身のそれがまた可笑しく、ひそりと笑った。

 運命と、貴方はそう、呼びなさる。

 それを、責任の放棄と思わずにいられない。
 言い逃れと、疑わずにいられない。
 だけれども

 納得させられてしまいそうなほどの、大きな力を、確かに私は感じている。










('06/06/21  耶斗)