種についての考察:日番谷冬獅郎の言い分



 驚いた。何にって、あいつを見たときの己の変化に。それも一瞬の。否、一瞬ほども長くない、鼻腔が匂いを知覚する前の、焦点が象を結ぶ前の、そうだまるで、魚が影を察してあっという間に消えてしまうそんな間(ま)。
 それだけの刹那に起こった身体の(まさしく細胞単位の)変化に、俺は空恐ろしささえ覚えたのだ。
 人の出払った隊舎の回廊、複雑な形を成して何度も折れ曲がるその一角を曲がろうとしたところで眼前に立ちふさがったその影は黄昏を背負って
『あれ、あんた確か‥』
 空に融けるような鮮やかな萱草色しか覚えていない。
 次の瞬間には世界は暗転していて、どうやら直ぐ側の障子の向こうへ移動したらしかった。耳に水の撥ねた余韻が残っていて、庭の鯉が撥ねたことをぼんやり覚えていた。
 それから気付けば己は後ろ手に障子をぴったり合わせていて、目の前には上半身を立てた肘で抱え起こし此方を驚いた顔で凝眸している、先ほどより褪せた色の萱草色。首を傾げる間もなく腕は伸びて、視認する間もなくその服を剥いでいた。
 何をしている?
 燃える様な身体の熱だけが凡てだった。


 生物とは、子孫の繁栄を第一の目的とし、一定のサイクルを終了させれば死にもって一生の終りとするもののことである。


 こちら(ソウルソサエティ)で生まれた貴族たちは生殖能力、引いては繁殖能力を有している。だが流魂街出身者はまさしく死者だ。繁殖することも(肉体構造が)許されていないし、生殖能力は身体の都合上残されてはいるが行使されることは稀である。むしろ、皆無である。
 必要がないのだ。子を作る必要もなければ、土台作る種も巣もない。だから色町なんてものが一応、死神のために作られてはいても利用するのはお貴族様方くらいで流魂街出身の死神たちは足も運ばない。感覚としての記憶さえ残っていないのだ。
 少なくとも、表層には。
 だから、日番谷冬獅郎は驚いた。
 彼はもともと性欲というものが薄かった。否、刷り立ての紙のようにまっさらだったといっていい。彼の魂がソウルソサエティに渡ってきた経緯を考えれば他の者たちより並外れてそうであることの理由も分かるだろうが、それを詳しくは語るまい。
 彼が少年というよりも児童と表したがいい容姿をしていることから見ても分かるように、彼がソウルソサエティへ渡ってきた時期は非常に早かった。早すぎて、だから、その類の知識も感覚も本能に眠ったままとなってしまった。ソウルソサエティで長く生きるに及び、その手の知識は否応なく知らされていく。身を置いた場所が場所だったのだ。当然ではあるけれど。着実に知識を身につけながら、同時にそれを活かすことはないだろうことも理解していた。そうしてそれを残念に思うこともなかった。
 必要が無いということも、必要以上に理解していたためである。
 そのまままた長い時を経て、そのこと(性衝動)さえ忘れかけていた頃合である。
 突然の、言い知れぬ情動。
 目の前の景色の色が変わるだとか、耳に届く音が何も無くなっただとか、それまで嗅いでいた花の匂いさえ失われてしまっただとか、概ねそのようなことが彼の身を襲い、蹂躙し、支配した。
 合わせて、彼は甚だ合理的且つ理性的な男だった。そんな男が己の感情に流された状態でどのようなことを考えるか、一般規格内の人間には理解の範疇を超えるだろう。
 彼はこう考えた。
 念のためにもう一度云っておこう。彼は普段、極めて合理的、且つ理性的な男だ。

 俺は今何をしている?
 初対面の少年を陵辱している。
 何故そんなことをしている?自身の意思か。
 否、我が意思にあらず。
 他者が他者の何かを奪うことは罪か。
 罪だ。
 他者が他者を惑わすことは罪か。
 罪だ。
 盗賊が女を攫うとき、その罪は盗賊にあるか。
 ない。

 美しい女が悪い。

 盗賊を誑かした、女の美しさが悪い。


 盗賊は奪う力を持っている。
 持っているということは行使する資格を得ているということだ。利用する権利があるということだ。
 そうして女は抗う権利を持っている。攫われたくなければ己が身を護ればいいのだ。護れなければそれは、
 女の、罪だ。


 もうひとつ重ねて云っておこう。
 日番谷冬獅郎という男は至って人格者でもあった。
 現に彼は部下達の、仲間の、誰の信頼も裏切ったことはない。信頼を得る以前の存在であった黒崎一護は除いておくとして。
 兎にも角にも彼はそうして無理矢理黒崎一護の身体を開かせたわけであるが、事が終わっても彼の望むような明快な解答は与えられなかった。

 何故少年は抵抗しなかったのか?

 それは先ほどの理論でいえば、抵抗する力を行使しなかった行為にあたる。つまりは受諾である。
 黒崎一護は旅禍としてソウルソサエティに侵入を果たし相応の力を示すに至った。
 隊長2人を退ける働きを見せたのだ。同じ隊長格である日番谷冬獅郎にあっても同様の力を誇示することはできたはずである。
(まさか、こうされることが好みなのか?)
 気を失っているのだか、疲れきって眠っているのだか判然としない少年の寝顔を見下ろしながら漸く首を傾げた冬獅郎は思う。
 しかし押し入った身体は明らかに処女だ。それは本能が教えた。(彼は自身の感覚を信じている)
 では何故か?
 確かめるために彼はこの行為を繰り返す。



 さて何度目となったかしれぬ行為の間に黒崎一護も少しずつ変化を見せてきた。どうやら一番初めの行為の折は彼も驚きで口も利けない状態だったらしく2度目、3度目には多少の悪態も出るようになった。それでもまだ押さえ込める程度の抵抗であったから構わず事を進めて終えた。
 行為の最中(さなか)、悪戯に口にしてみた由無し事も何故だか彼は忠実に守るようだし、跳ね除けられればそれまでだと考えている冬獅郎には不思議でならない。
(何故、俺を拒絶する言葉を吐かないのだろう)
 許し続けられてしまえば己の行為はただただエスカレートしていくだけなのに。
 だって理由が判明しないのだ。
 今日も外気に苛まれている子供を穿ちつつ、どうにも晴れない胸中にやきもきするのだ。






2/7の日記に掲載
2006/02/15  耶斗