「終わったな‥」 破壊されつくした瓦礫の中で、肩を上下させ血の満ちた空気を取り込む。肺胞が酸素を漉し取り血流へ注ぐ。黒崎一護と日番谷冬獅郎だった。そこに、残っている者は。 冬獅郎は肉を貫き地に突きたった己が刀を抜き取り肩に担ぐと一護を振り返った。終わったな、とは彼の言葉だった。終わった。そう、終わったのだ。長かった戦いが。無意味な戦いが。思えば充足感にか綻ぶことは稀な彼の口元が緩む。けして笑みになることはなかったが、緊張が解けたことは表された。 「一護」 終わったな。その言葉は全てを表し、それ以上の言葉は要らなかった。今も両手に握った刀の切っ先を重そうに地面と沿わせて俯く一護に冬獅郎は近付いていった。労を労うためでもあり、成し遂げたことを二人で祝うためであった。 終わらせた。世界の反逆者を打ち倒し、再び世界へ安寧を。変わることない常末の昌平を。齎して‥ 「まだだ」 冬獅郎は安心していた。信じていた。だから彼の理解は遅れた。否、理解することを拒んだ。それも、戦いに馴染んだ彼にはほんの一瞬のことであったけれど。 刹那の拒絶と、瞬間の反射とで冬獅郎は後へ飛びずさった。冬獅郎の刃は肩から離れ、乾いた土の上へ浮いた。黒い刀身が横一閃に伸びていた。人のそれより濃い、腐ったような紅に濡れ、黒崎一護の黒刀は鈍く光を反射していた。 冬獅郎の目は見開かれ、翡翠の玉を露に一護を凝眸する。一護は俯いてその表情を量らせない。冬獅郎は一護の名を呼びたかったが喉は震えもしなかった。 「まだ、終わらない」 二度聞いて漸く一護の声が擦れていることに冬獅郎は気づいた。疲労のためにか、それとも別な理由か。ならばそれは? 「一護」 凝っていたのが嘘のように、声はすんなりと喉を滑り出た。問いかけるように微か語尾が持ち上がった。動揺はみせず、一護はゆっくりと顔を持ち上げた。動作に似つかわしく、彼の目は静かだった。 「一護?」 今度は先程よりも声量は増した。問いかけもより明瞭(はっきり)と一護へ伝わっただろう。けれど一護は微かに笑っただけで。そう、目元を和らげ、弱弱しく口角を持ち上げたのだ。 「一護?」 冬獅郎の声が不安定を帯びる。混乱が滲む。脳は再度、思考を放棄しようとしている。防衛のために。何の防衛か。己のだ。では何のための防衛か。世界の保全。今、守りきった居住としての世界ではなく、築いてきた彼との。 「一護!」 叫びは恫喝だったろう。そうして願いだったやもしれぬ。哀しいかな、冬獅郎は次一護の云わんとするところを正確に予測していた。 「終わらないんだ。冬獅郎。まだ、終わっちゃいない」 馬鹿を云うなよ。ふざけるなよ。焦燥はしかし、徐々に収まった。取り乱したのは平坦だったそれまでの生に、突如として侵入した疣のような起伏が起こさせた気の迷いだったのだろう。そう、冬獅郎は分析した。坦々と流れ出る一護の声がさせたことかもしれなかった。 一護は切っ先を突きつけている。冬獅郎はそれを正面から見詰めている。切っ先は丁度冬獅郎の眉間に差し向けられていた。 情を交わした。 情を交し合った仲だった。 「冬獅郎‥」 一護の笑みが疲れているように見えるのは、肉体の疲労が引き摺られたものか、それとも彼の精神(こころ)が泣いているのか。冬獅郎には分からない。もう、考えることも出来ない。しない。許さない。必要が、無い。 「やろうぜ」 紡がれたのは仕合の、殺し合いの慫慂。刃を交えようとの誘い。 そうか、結局俺たちは――― こんな関係こそが似つかわしいのだ。 冬獅郎の目が細まった。それは受諾を表して。一護も寄せた眉根を解き、柔らかな笑みを浮かべた。 理由は何か?問うまでもない。このような機会はこの先二度と訪れないからだ。 互いに、底の底の底からの力を出しつくし、本気で互いへ刃を振り下ろせる場所も機会も無くなるからだ。 「やるか」 冬獅郎も刀を構え 「あぁ」 一護も構え直した。 所詮、獣よ。 己が身の内で留まること知らず肥大し続ける力に恐怖したか 暴れ狂い突き動かさん獣の咆哮に怯えたか 所詮、獣よ。だが 俺は、虎の馴らし方を知っている。 鎬を擦り、互いへ伸びた刀身は まるで交接のようだった。 |