Last Game 小気味よい音をたてて開け払われた障子は開けた手によって押さえ込まれ撥ね返ることはなかった。結構な衝撃があった筈だ。止めた手は痺れていそうなものだが本人にそれを気にした表情はなかった。些末なことなのだろう。気に介す余地もないといった顔をして冬獅郎を見詰め返す彼の歯牙は言葉を探しあぐねる苛立ちに食いしばられている。 冬獅郎は逸らしたくて逸らせない目を歪ませながら、なんとか平静を取り戻そうとじりじりと顎を引いた。そして、呼ぶ。今は会いたくなかったなぁと嫌に冷静な一部分は呑気にぼやきながら。 「一護‥」 紅潮した顔の彼は息を切らせていて、瞬歩も使えないほど心乱しているらしい彼が何事か、余計なことを、吹き込まれていることは明らかだった。 ようやく溜息を漏らして、冬獅郎は引鉄である男へ向き直ろうと視線を引き剥がしたときだった。彼もまた交錯する視線に束縛されていたのか、解放された彼の一歩は大きかった。 「お前‥っ!!知ってたのか!!?」 胸倉を掴まれて二度目の驚きにまた、目を見開いた。 声は哀調を帯びていて心なしか目は潤んでいるし、否潤んでいるのは 「一護お前‥、呑んでるのか‥?」 眼前の顔が吐いた息は酒気をもってその問いを肯定していた。 とことんやってくれるものだといっそ称賛したいほどの自棄を覚えて冬獅郎は憎憎しげな眼を浮竹へ奔らせるも揺さぶられて一護へ戻される。 「俺が何時お前と‥‥っ、お前と‥っ」 「黒崎黒崎、落ち着いて」 落ち着いて、だと。どの面引っさげてんなことぬかすと横目で睨んだ浮竹は飄々と笑っていて、しかしどうやらその笑みは堪えきれない愉快がもれているものらしい。口端が小刻みに震えている。してやったり、とそんな心境かコラ。目で抗議したところでこの仕掛け人を喜ばせるだけだとは分かっていたが、掴まれたままの胸倉にそうすることしか出来なかった。 「浮竹さん‥っ」 そういえば当初の目的はこの人だったと、そんなことは頭に血の上っている一護の念頭からはすっかり抜け落ちている。辿りに辿って行き着いた場所が浮竹の寝所だということすら認識していなかったかもしれない。混乱している思考のピースは浮竹の姿を視認した瞬間にそこが雨乾堂で、己が浮竹の寝所を訪ね、目的は冬獅郎を見つけ出すことで見つけ出した冬獅郎は浮竹と一緒にいてだから己はここに居る。と彼にとってのみ理路整然と状況は把握され、かつ既知のものとして疑われなかった。つまり、何でここにあんたがいるんだとそんな疑問は生まれて直ぐに解消されたのだ。 「何をそんなに取り乱しているんだい。冬獅郎に何かされたのか?」 「おい、お前何ぬかして‥」 「冬獅郎がっていうか‥、冬獅郎がなんだけど‥何か変な噂流れてるらしくて‥」 「は?ちょっと待てそれ、どんな噂だ‥」 「へえ、それはもしかして君たちが部屋でイチャついてたとかイチャついてたとかイチャついてたとか」 「イチャついてるばっかじゃねえか!何度も云う意味あるか!」 「‥‥‥‥」 「黙るのか?あいつの云った通りなのか?そんな噂が流れてるのか?」 一護を見たり浮竹を見たりと忙しない彼は浮竹の調子に巻き込まれつつある。それというのも不可解な事態を把握しきれずに思考する先から浮竹に邪魔されるからだろう。目下為すべき事は酒に酔っているらしい一護を落ち着かせることなのか、浮竹を黙らせることなのか。土台胸倉を掴んでいる手を外すことも出来ていないのだ。身動きすることさえ憚っている。 「黒崎はそう云われているのが嫌なのかい?」 「そりゃ‥気持ちのいいもんじゃないっすよ‥」 「浮竹、ちょっと黙ってろ‥」 焦燥に歪んだ目で浮竹を見た冬獅郎は一護を落ち着かせる方に気持ちが傾いているらしい。しかし方法を見付けあぐねているのは思考の際沈黙する彼の習慣がここでは叶わないからである。思索か会話か、どちらにも意識を集中させきれず語気も弱い。しかしなんとか思考したい彼はせめてと目を固く閉じ、苛々と歯噛みしつつ沈思を試みる。そうすれば一護と浮竹の声は気持ち遠くなった。 「冬獅郎とそういうことをしていると思われているのが嫌?」 「それは‥だって‥」 「冬獅郎と、というのが不満なのかな」 (うるせぇってんだろ。黙れよチクショウ‥) あと少し、あと少しだと掴めるほどまで浮上してきた解答をさらに呼び寄せる。 「不満っていうか、そもそもそういう噂自体が‥」 「噂なんていい加減なものだろう。そこまで過剰に反応することはないんじゃないか?」 「いや‥っていうかその、内容が‥」 『君と日番谷隊長が‥』 「あんまり‥酷くて‥」 言い難そうにしていたイヅルの顔が、一護の脳裡に蘇った。 視線を床の上に彷徨わせて己を直視しなかった眼。淀む口元には善良さを覚えた。 だからこそ呆けてしまったのだ。そうして羞恥から滾る怒りが体を突き動かした。 『交わってたって‥その、つまり‥分かるよね‥?そういう意味で交わってたって声を聞いたって‥』 思えば矛先を間違えていたかもしれない。責めるべきは噂の出所で、吹聴した輩だ。同じ被害者である人間を責めるなんてお門違い筋違いだ。けれど、真っ先に浮かんだのが今己が捕まえている男だったのだ。 「あいつそんなこと云わせたのか‥」 「は?」 「いや、なんでもない」 己の思考に埋没しつつあった一護は額を押さえた浮竹の呟きを聞かなかった。聞き返してもそう返されればもとより確信のなかったことだ。口を噤む。冬獅郎もまた一護の伝えた噂の内容に思索から引き摺り挙げられ唖然としていた。怒りが沸くのはまだ後になりそうだ。 (まったく‥、もう少し柔らかい内容にしろよ‥っ) 浮竹が逡巡する間が空いたがそれも僅かのこと。友人への呆れから持ち直した彼は再び一護へ顔を戻して云った。 「冬獅郎以外でなら?」 「は?」 「冬獅郎以外とならそういうこと、出来るかい?」 浮竹の噛んで含めるような言い回しは一護を挑発した。揶揄るような目もまた、酒の所為で短絡的になっている一護の思考を絡め取った。それは云い間違いだとか、口が滑っただとかいう類に入るだろうけれど、彼自身が彼の言葉を理解しなかったならば抗弁もならない。何れにせよ、彼は叫んでいたのだ。 「冬獅郎以外となんて嫌に決まってるでしょう!」 彼の知覚しないところで、その声は真意を孕んでいた。 (むぐ‥っ!!?) 呼吸を塞がれ冬獅郎の意識は覚醒した。 何事か、と思うと同時に理解する。視界が目の前にいた人物を越えたのは、酒の匂いが混じる体臭が直に鼻腔へ流れるのは、頭を、肩を、抱きこまれている感覚は。そして、先の言葉の意味は 「むごが‥!」 慌てた。冬獅郎は慌てた。けれどしっかりと押し付けられた肩に抗議する口は開かない。 「へえ‥、じゃあ冬獅郎とそういうことをしても平気なのかい?」 愉悦の戻った声が耳に入る。止めろ、と冬獅郎は心の中で叫んだ。 「平気だ!」 落ち着け、と己を抱きこんでいる一護に訴えた。 だってそれはその場の勢いだろう。 「彼が好きかい?」 待て。待て、待て、待て、待て、待て。 「好きだよ!」 引き剥がそうと躍起になっていた手は、瞬間、筋肉が弛緩したように力を失くし、被さる背に添えられるだけになった。なにより、想像できる自分の顔をみられなくなくて、抱き潰されてもよしとしたのだった。 あぁ‥チクショウ‥馬鹿野郎‥ 折角お前を守ってやろうとしてたってのに‥ 「だとさ、冬獅郎。観念するんだね」 至極楽しそうなオヤジの声は、この際、無視だ。 The game result その後、気が高ぶっていたためか糸が切れたように崩れ落ちた一護を冬獅郎が驚いて受け止めれば彼は眠っていて。浮竹と二人顔を見合わせ一方は苦笑し、一方は呆れの溜息を吐いた。 「吃驚だね。まさかいきなり眠りに落ちるとは思いもよらない」 「こいつはまだ未成年だぞ。ったく‥誰だ酒飲ませた奴ぁ‥」 大体の絞込みは終えている彼は既に報復の計画を練り始めていた。 「酒も、使いようによっては良い薬になるだろう?」 確信犯的な笑みで云う浮竹に、一護の身体を抱き上げながら冬獅郎は横目で応えた。 「良薬ってのは口に苦いもんだと相場は決まっているのにな」 「甘かったかい?」 「さぁ」 今度は冬獅郎も常の意地悪げな笑みを浮かべて、回答を暈した。 そうして一護を抱えた冬獅郎が雨乾堂を出ようと桟を越えたところで慌てたような浮竹の声がそれを止めた。 「冬獅郎‥っ、まさかそれで帰るのか?」 「仕方ねーだろ。肩に担げば引き摺るんだからよ」 「それは‥そうだが‥」 挙動に悩む浮竹をせせら笑うように鼻を鳴らした冬獅郎は、安心しろとでもいうように瞬歩でその場から立ち去った。 目的地は? 当然、己の邸だ。 終 いつものことですが。 中途半端ですねぇ‥。この後『お疲れ様ーv』なんていって一護たちを罠にはめた死神さんたちが内輪でお祝いする予定だったのですが会話だけになりそうだし容易に想像できる光景なのでっていうか正直これ以上はムリダヨ的な弱音を吐いて終了です。 携帯鰤ハラキレのキリリク『一護君、他隊長の罠にうっかり嵌る』からでした。ついでにとーしろさんも嵌ってるし‥orz こっちに載せて良かったのかなぁ‥(ドキがムネムネ) 2005/08/30 耶斗 back to top/novel |