「という訳で」 「何が『という訳で』」 畏まって三つ指をつく一護に内心ドギマギしながら書き物途中の筆を置いた冬獅郎は死神代行人たる少年へ向き直ってこれ見よがしに溜息を吐いた。 「居候させてください」 「脈絡が無い」 部屋の襖を開けた唐突さもさることながら前後の説明もなしに一護は頭を下げたのだ。それは今や上げられて実に真剣な眼差しで冬獅郎を見詰めてくるのだけれど。 廊下の床を滑る衣の音から誰やらが来たなとは思っていたが、まさか橙色の頭が現れるとは思っていなかった冬獅郎は筆を取り落としそうになった指を握り締めるので精一杯で、一護が言葉を発するまでじっと少年の出方を伺うというらしくなさを披露していた。 「現世の生活には疲れました!」 「まだ早いだろうが16歳!」 くわっと刮目した一護に間髪入れずに冬獅郎も返す。しかし一護は「宿題といいテストといい虚といい父親といい」と冬獅郎の声など聞かなかったようにして視線を畳みの目に這わせつつ口の中で喋っていたかと思えば再び睨むように冬獅郎へ視軸を向け 「あろうことか恋☆ハリケーン到!来!!」 「あ゛ぁ!?」 鬼気迫る表情で言葉尻だけは明るく宣言した。冬獅郎が唸るのも無理はなかろう。 「二束のわらじならぬ三足のわらじ!俺はそんなに足は持ってません!!」 「前4つは分かるが最後のが分からねぇ。どういうことだ黒崎一護」 「俺は考えました!学年15位の意外と賢い出来る頭で考えました!!」 「賢い頭ならまず俺に分かるように説明しろそこのタンポポ頭!タンポポなのは花じゃなくて綿毛の方か!」 「二束までなら俺も履けます頑張れます!でも三足目は無理もう無理断然無理!夜な夜な考えて昼間も考えて飯食えねぇし眠れねぇしで日常生活に支障をきたしまくりです!」 なもんで俺は考えました!と捲くし立てていた一護はぴたりと口を閉じ冬獅郎を見詰めた。捲くし立てる一護に口を挟めず若干引きかけていた冬獅郎も一護と視線を合わせ彼の言葉を待った。 緊迫した空気の糸が二人の間で張り詰める。一護の背にする欄干の向うに広がる空は青かった。見えない地上からは長閑な笑い声が届き、鳥の羽ばたきが葉を叩く音が聞こえた。 「三足目の草鞋、一緒に履いてくれませんか」 真摯な双眸にぐっときたかは知れないが、ともかく咄嗟の言葉に詰まった冬獅郎が内心で惚れ直したことを隠すために重苦しい溜息を吐きながらも嬉しげに口端が震えてしまっていたのは内緒の事実であり、長嘆と共に深く深く折り曲げた背をようよう起こすと躊躇する様子ながらも 「お願いします」 と応じたのは後に公にも知られるところとなる実際の出来事である。 その後、冬獅郎の返答に「ヨッシャア!」と腕を突き上げて喜んだ一護の声を聞きつけてドヤドヤと、恋の相談役を引き受けていたらしい者たちが集まるまでの短い時間、 「おい、黒崎。いや、一護」 「え?!なんだよ冬獅郎!」 「分かってないようだから言っておくがな。お前は嫁に来るんだぞ」 居候じゃなくてな。 にたりと悪辣に笑う男の顔を見るのは初めてだろう一護は勝利の喜びに握り締めた両拳を胸の前に、キラキラと輝く顔を「はぇ?」と間の抜けた顔にトーンダウンして首を傾げたがそれだけで。やっぱり男の言葉の意味など理解してはいなかっただろう。 恐らくは「好きだー!」と勢いだけの想いを伝えるべく此方側の世界までやってきた片想い暦1ヶ月ちょいの、もしかすると自分がそうなっていたかもしれない可能性を垣間見せてくれた空恐ろしい恋の相手に、冬獅郎は「追々な」と腹の中でだけ悪い顔で、表面はいたって柔和に、にっこりと笑った。 ('09/07/02 耶斗) |