刀傷が生々しくて


「ぅ‥あ、ああぁ‥ぁ‥」
「‥一護」
「あああぁああぁあ!」
「一護」
「ぁああぁ‥っ」
「‥‥‥」

 屍  累々と  枯れた大地に散らばつて
 ひとつの骸を抱いて泣く

 君も血塗れ

「一護、行くぞ」


 地上の果てに潰れて溶ける緋色の太陽
 世界を侵略せんと照る
 風もない
 子供の血を吐くような慟哭こそ風の源
 黒の死覇装 丸めた背中 見下ろす白の羽織に滲みはなく


       ただ綺麗


 陽が沈む
 逢魔が時は過ぎていく


―――あああああああ


「一護。もう‥」

 白銀の髪が揺れて、萱草の髪は震えて
 夜が空を駆けてくる

 骸 抱いて 子供 泣く
 骸の 名前 呼んで 泣く

 昼は死に、夜が来る
 声は枯れて、骸 転がり
 子供 虚ろに 力 失い
 月は 天上 輝いて いた


「一護」


 男はやはり男のまま
 かばかり 哀傷湛えた眼して
 子供の背中見下ろして

 懇願するのは子供の命


 生 き 残 れ


 それが 男の 満足
 それだけが 男 の 祈り






[[残照] どうか君が。迷うことなく、殺めますよう。]
(SubTitle by BitterEnd)






 刀を握る手が震えていた。刀身は血色に濡れていた。君はもの言わぬ眼で泣いていた。

 連れ出すべきではなかったのだ。真、彼を愛しているとほざくのならば。
「黒崎はどうしている」
 残照に染まる回廊、その色にあの場所の残影を見ていた男は胸を突かれたように驚いて、けれどもそんな気もなく声の主へと振り向いた。薄い銀色がために外界の光が染めるに易い己の髪とは真反対の、何者にも染めるを許さぬ烏の濡れ羽色。それを風に弄らせて男は佇んでいた。珍しいな、と冬獅郎は思った。そうして次には、当然か、と嘆息した。
「眠っている‥。お前こそどうしたんだ、朽木」
 四大貴族が一、朽木家現当主がわざわざ自らの足で見舞いかと、皮肉るように口端を吊り上げた。小さな犬歯が覗いて、そうしてそれは白かった。傷口から押し出される脂肪のようだと朽木の元首は思った。
「此度、あの者を連れて行ったのは兄の独断だったと聞く。何故か」
 は、と彼は嗤った。日番谷冬獅郎は朽木白哉の珍奇な、他人を気遣うというなんらの利益も得られない愚行を嘲った。少なくとも今までの朽木白哉とはそのような男だったので。
「テメエには関係ねぇよ。十番隊(うち)には十番隊(うち)のやり方がある。俺のところへ預けられた以上、あいつにはうちのやり方に従ってもらう」
「兄の隊は、もう少し穏やかな処だったと憶えていたが?」
「思い違いだろう。期待に沿えず残念だ」
 振り返ったといっても男は半身を返しただけで、朱に陰を染む面は苛々と踵を返したそうにしている。焦るような様が常の彼らしくなくて白哉は探るように男を見る。幼い身体には収め切れぬ霊圧は今もってその程度を上昇させていた。
 成程、ここら辺り一帯に人影どころか鳥の影も見れぬことに白哉は得心した。
「日番谷隊長」
「あん?」
 会話が途絶えたことで翻そうとしていた背を再び呼び止めて白哉は云う。二度、足を止めねばならなかった冬獅郎は射殺さんばかりの眼光でもって応えた。
「急いてはことを仕損じよう」
 足元の石に躓かぬよう。
 そう云い置いて白哉は踵を返した。家宝の襟巻が優雅に風に浮かび、冬獅郎のものと同じ陣羽織が風を孕んで膨らんだ。艶やかな黒檀はやはり朱に染まる陣羽織と同じうするを好しとせず、確か男の睫毛も同じ色して繊細だったと冬獅郎は思考し、自嘲した。暫くは黒を見るたびあの男の眼差しを思い出すのだろうか。責めるように、諭すように、哀れむように己を見る、黒いばかりの深淵の、闇色は気味の良いものではない。
 それもこれも、誰もが不興を買わぬよう琴線に触れぬようと遠巻きに接する己へただ一人、平素な顔でまるで無神経に近づこうとするのが全身闇色のあの男だからだ。あの子供を安らかに包むだろう夜の色だからだ。
 つまらぬ悋気かと男はまた込み上げる苦渋を噛み潰した。


 連れ出すべきではなかったのだ。真、彼を愛しているとほざくのならば?


 馬鹿らしい、男は己の想念に唾を吐く。
 罵詈が頭を廻る。雑言が皮膚の下を這う。
 そんなわけにはいかないのだ。誰もやらぬから己がやるのだ。他の誰よりあの子の存命を望むから己がこの心を殺すのだ。
 強くなければ生き残れない。
 第二の生の闘争を生き抜くための術を
 もはや転生から外れた己(おれ)たちの、共生を出来る限り、望める限り、長引かせたいと
 獣のような獰猛さで求むから

 同族を、殺してさえもお前は

 俺のために生きてくれと、冬獅郎は己が我侭の切なさと愚かさに苦しみ悔しみ、尚願う。



 例え死神であっても己の虚ろに喰われるのだ。喰われた者らの殲滅を、冬獅郎は一手に引き受け、こちらの世界へ渡ってきて間もない橙色の子供と二人、また塀の外へと向かうだろう。
 いくつもの丘陵を、山河を、谷を越えて
 そこに子供の命を脅かす者が在るのなら、殺す術と覚悟を教えに冬獅郎は狂うを堪える子供を引き摺って向かうのだ。例えその心が駄目になっても、その身体が身に染みた反射によって生き続けてくれればいいと、冬獅郎は子供を想うのだ。

(お前を苛む道徳さえ棄ててくれればそれで‥)

 この世界で生きるのは十分なのだと、未だ後悔を忘れられぬ甘く憐れで愛しい子供の下へ向かうため冬獅郎は、最後の残照が消えた廊下、藍色に染まる羽織を翻したのだった。





 終

Bitter End様配布[BLEACH-20Title]の壱。
書きたかったのこれ1題だけで残りの19題どうしようと思ってる。ほんとどうしよう‥
2006/03/20 耶斗