01.痕




「馬鹿か、お前は」
膝を折り片膝をついて、壁にもたれる俯けた顔を睨みつけた。




ほんの出来心だ。
ほんのささいな出来心。興味本位。
それは己には酷く珍しく、また似つかわしくなく、腰をあげたその時すでに自己嫌悪に陥ることを予想していたというのに。


癪に障る2人組の、常に隣にいる緊張感の欠片もない顔。
それが浮いているようでいて溶け込んでいるのに常に無い興味を引かれて仕方がなかった。
違和感に気付いたのはいつだったか。
見つめ続けて、我ながら己の精神を疑うほどに見つめすぎて、だから気付いたのだろう。
闇の魔術に関する本は読み漁っていたから、少しの注意を注ぐだけでなんとも呆気なくそれは割れた。
知的好奇心は確証を得るまで収まらぬ。
それだけのために腹を据えて苛立たしいあの男の戯言に乗ったというのに、あぁそうだ己が愚かだったのだ。分かっているさ、分かっている。あれは己に非があったのだ。だからそれはもはや云うまい。


それでも諦めずに挑戦を重ねれば、果たして予想は的中。
得たものは純粋な満足。
それで終われば良かったのに



「お前は、馬鹿だ」
何を言っても分かっていない顔をしている男にすり込むように一語一語をはっきりと紡ぐ。
手に取った青白い肌に纏われる男の手は、てらてらと濡れていて、流れて己の手まで染めるそれに眉を顰めた。
「愚か者」
留まらず、はたりはたりと埃の積もる薄汚れた床に滴るそれが許せなくて、掴んだ手を強く握った。
とたんに絞られたそこからまたそれが溢れたけれど
握られた本人が走っただろう痛みに顔を顰めたけれど
許せるわけがない。

板切れを打ち付けた窓の隙間からほの白い灯りが差し込み塵の舞う屋内に線を引く。
隙間から窺えば見えるだろう、僅かに欠けた十五夜月。
満月の夜が終わっても帰らぬ顔に探しに来ればこの有様だ。

「力の加減くらい覚えろ」
お前にはお前を大切にする心が足りない。


そうだあの時点で終わらせていれば良かったのだ。
けれど思い出してみろ。この男を探り始めた経緯を、この男を目で追わずにはいられなかった理由を。
土台無理な話だったのだ。


体中、無数についているだろう痕。未だ血を流し続けているだろうそれらにセブルスは堅く目を瞑り、空気を震わせることすら憚られるとでもいうようにゆっくりと重い息を吐き出した。
足止めをかけた奴等も直にここへ来るに違いない。顔を合わせると面倒だ。早々にここを立ち去るとしよう。
理想的解決法といえばこれを置いてひとりで戻ることだが、そんな考えはとうの昔に捨てている。

「立てリーマス。」
行くぞ、と粗雑に手を引き立ち上がらせる。
合わせた掌。覗く傷痕。
痕を残されるのは果たしてこの男にのみなのか



考えたくもない、とセブルスは頭を振った。












2004.fall  耶斗