絡めた指で、お前を繋ぐ




 虜囚




いつだか、鷲色の瞳をした男は『君を見つけたのは僕が最初』と、ふふと得意げに笑っていた。
己は云い返さなかった。下らぬことだと思っていたし、別段興味もわかなかったからである。
しかしお前、云い返さなかったからといってそれを肯定したこととは違うのだぞ。


隠れ家の主人は己が現れると不機嫌そうに、さっさと自室へと引き篭もった。その眼はぎらぎらと敵意を剥き出しに、けれどおそらくはそう、その男の背後から現れた男に懇願されたのだろう、一言の嫌味も無しに階上へ登っていった。
「いらっしゃい、セブルス。外は寒かっただろう?」
瞳の奥で謝りながら微笑む男に、ちりとした苛立ちを覚える。差し出された手にマントは渡さず自身の手でフックへ掛けた。
目的を無くした手を所在なげに胸元へ。それでも苛立ちは晴れないからセブルスは彼の前に立って食堂へと歩いていった。


出されたのは湯気を立てるブラックのコーヒー。
男はいつからかセブルスの好みを熟知していた。礼も言わず一口啜る。文句はない。それで気は晴れてもいいものだけれど、セブルスは未だイライラと眉間の皺を緩めない。
向かい合って座る男は困ったように微笑して、つとその細い指をセブルスのそこへ伸ばした。
虚を突かれて、しかし僅か顎を揺らしただけでセブルスはその行為を甘受した。
甘受、たとえ眉間の翳が濃くなろうと、視線を不快げに逸らそうと、セブルス=スネイプという男にとって拒絶しないということは甘受なのだ。
絞る眉を解すように男は微妙な強弱で眉間を押す。
なんだか子供のような扱いだ、と思念が不機嫌を擡げたがそれもやがて無駄なことだと知るのだ。毎度のことである。
「やめろ、リーマス。もういい」
押す、その手をとって鳶色の瞳へ視線を向ける。卓上、揺らめく蝋燭の炎は我のように踊って。ガラス玉ほどに透き通る鳶色に情火の錯覚を見せる。
『機嫌は直ったかい?』
いつからだろう。
いつから己達は目だけで会話が出来るようになっただろう。
否、そう己惚れるくらい互いの行為を許しあうようになっただろう。
笑った眦に鳶色を隠されて、セブルスは腰を浮かせた。
火影が壁で笑っている。
返答が是か否かは男の判断に任せよう。
乗り出した己に倣った男との口付けは甘ったるいチョコレートの味がした。
唇を離した後は、苦いという苦情をもらうのだろう。


『こんなところで抱き合うのはいただけないね』
そんな風に、抗いながら嬉しそうに笑うからフレンチキスを繰り返す。時折悪戯に噛み付いてみたりして、柔いようにして頑なな男を懐柔しようと、けれどそれも遊びの内なのだ。
机を挟んだ距離がもどかしい。その細首に腕を回してしまおうか。そうして深くその唇を味わってしまおうか。
嬉笑が、込み上げる。
すれば男はなんとも敏感に
『機嫌が直ったね』
その瞳で笑って、それはもう心底嬉しそうに楽しそうに自ら腕を回してきた。
あぁ、あぁあぁ完敗だ。
またしてもお前にしてやられた。
少々複雑な気持ちも混じりながら、猫のように撓らせる背を抱き締めた。


火照った体はお互い変わらないのだろうけれど、抱擁を最後に以降二人の肌は触れ合わず、セブルスの差し出した報告書をルーピンが受け取ればそれで彼らの役目は終わりを迎える。
また今度。
遠くに過ぎないことを願いつつ別れの言葉に感傷は覗かせたくない。
不安といえばいつでも不安なのだ。お前は誰をも受け入れる空気を纏っているのだから。特に、ひとつ屋根の下にすむ男だけは警戒して欲しいのだけれど。
お前は、一目で俺を攫った者なのだから。
「またな」
先に言い出した己が珍しかったのだろう。そんな気はないのだが。
軽く瞠目した男はやっぱり次には頬緩ませて
「またね」
ほの紅く染まった眦で、久しぶり、子供のような顔で笑った。


抱き締めてキスしたかったけれど、そのまま連れ出してしまいそうだったから次にとっておこう。












2005.Autumn  耶斗