沈む太陽





「はなせッ」
己の手首を掴むその手が、己の知りうる限りの意味とは異質
であることに恐怖した。




鼻腔をつくのは青い草の匂い。それが無性に悔しくて哀しく
て全身の肉が軋むほどに被さる男を押し返すのに、男の上に
は何倍もの圧力がかかっているのではないかと思えるほど頑
として動かない。
冷えた外気に肌があわ立つ。首を庇っていたマフラーは剥ぎ
取られて腕を伸ばしても、ほんの少しで届かないところに放
られた。
放せ 離れろ
喉は喘ぐばかりで声はでない。何故でない。
目の奥が熱を持つ。鼻の奥を冬の空気がさして痛い。
竦むからだは寒さからだけではないのは分かる。
鳥肌のたつ皮膚が冷たい汗に湿っていた。

「俺なぁ、姫さんのこと好きなんやぁ」
愛してんねんで。
その言葉をどうして信じることができる。

散々の抵抗で上着は上3つのボタンが弾けとんだけれどそれだ
けで。ぎゅうとシャツの合わせ目を握り締める指はシャツの
白よりも白い。
目蓋は堅く彼の強い光をはなつ眼を隠している。顔色は蒼白
だというのに、薄く開いた唇から覗く舌が毒々しいほどに赤
く濡れて。吐息は苦しげでありながら艶やかな色を含んでい
るよう。
単調に無機質に鼓膜に届くのはベルトの留め金の金属部だ。
触れ合って弾きあって高い鈍い音をたてる。なんでもないは
ずのその音が酷く卑猥に聞こえるのはその場の放つ匂いのせ
いだ。


もはやそうするしかないのだというように巧は両の手でたぐ
りよせたシャツの合わせ目をただただ握り締める。制服の上
衣は後ろ襟を引き下ろされて肘の辺りにかたまっている。そ
れが己の身体を拘束しているようで、腕の皮膚を引くような
痛みともいえない感覚に巧はまた身を縮めた。
濡れた音が耳を侵す。水音じゃない粘着質の、打ち付けて離
せば糸を引く、そんな音。
「ふっ‥く‥ッ」
「声だしや、姫さん」
は、と吐いた息は哂いかただの呼気か。
思考を拒否する頭には判別がつかなかった。
布に擦れた背が引き攣った痛みを訴える。
「も‥ぅ、やめ‥」
何度目の請願か。がくがくと揺さぶられながら食いしばった
歯の間から声をもらす。心の底からの言葉さえ男には睦言に
聞こえるのか。
男はやはり喉の奥で哂っただけで。腰を突き上げた。





 終


バテリで瑞巧
お瑞に愛はあります よ。
20041225の日記から
あぁ‥クリスマスにこんなの書いてたんだ‥

 耶斗