あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の
                     ながながし夜を ひとりかも寝む   
      
                   ―――柿本人麻呂





縁側に座り、十三夜月を眺めている男がひとり。

十五夜についで美しいとされるそれは、なるほど確かに素晴
らしいもので。素晴らしいという言葉では表せない艶やかさ
をもっている。
長い黒髪をまとめずに、流れるがままにまかせて。
日向家当主。御歳二十八。
酒を片手に、一人月見の宴に興じていた。
ゆるりと流れる雲に時折隠れながらも、合間に見せる羽衣の
ごとき柔らかな光は、彼を天空へと誘う。


妻はおらず、もとより子を成そうとも思っていない。額に刻
まれた呪印の痕は未だうっすらと残っているがそれが原因と
いうわけではない。
今頃あのお方は執務に追われているのだろう。
己が生涯一人だけと定めた人物を思い描き、そういえばと考
える。
そういえば、あの方はこの月のようなお方だと。
人はそれと反対の例えを出すけれど、彼にとってその人物は
今下界を照らし出している光そのものである。


その強さは確かに昼の欠けることのない黄色い光のようだけ
れど、里人を家族と包み込む心は柔らかく白い光だ。そして
容を変えながらも変わらぬ艶をみせる天上のそれはまさしく
あの方だ、と。
くすり、と杯に口をつけながら嗤って、
さて、あの方は執務を終わらせることができるだろうか。
今宵の逢瀬の約束を果たしてくれるだろうか。


額宛を返上し、当主という座についた彼は己の屋敷から出る
ことはほとんどできなくなっていた。雑務から一族の大行事
まで、全てを一手に引き受ける若い当主の得られる暇といえ
ば夜床に就く前の一時である。
開け放した障子の向こう。広い一室にはとうに床が用意され
ていた。


銚子の酒が無くなったのをみて、今日はここまでかと苦笑す
る。
仕方がない。何分お忙しい身の上だ。
時間はとうに子の刻を回っているだろう。秋の夜長とはいえ、
朝は変わらずやってくる。
さて寝るかと、腰を上げたそのとき。月から逸らせた顔に、
雲のものとは別の陰がかかった。
おや、と軽く瞠目して顔をあげると、
その目線の先、塀の上、月を頭に登らせて一つの影が立って
いた。
揺れる肩は息を切らせているらしい。
それににこりと微笑んで、手に持った銚子を顔のあたりに掲
げてみせた。
それを合図にしたように、すっと消えると、次の瞬間には縁
の側に佇んでいた。


「いらっしゃいませ、火影様。」
軽く首を傾げるようにしながら、ネジはその影に云った。
けれど、月の影に見えない顔は応える気配もなく、ただじっ
とネジの顔を見上げているようだ。それにふっとやや困った
ように眉を寄せながら哂って
「怒ってないよ、ナルト。さぁ酒を飲もうか。」
すぐに用意させよう。と上がるよう差し出した手を、瞬間ぱ
っと笑ったらしい影が受け取った。





怒っているわけがないよ。
この長い長い秋の夜を、ひとりで過ごさなくともよくしてく
れたのだから。
















山鳥の垂れ下がった尾のように長い長いこの秋の夜を、私も
ひとりさびしく寝るのであろうかなあ。






  終


短編。ネジは日向の当主になってほしい。
火影も実力制ではないですか。同じ血なのだからいいと思う
のですがね‥。


20040920  耶斗