ラブウォーリァー '05 V.D




 遠くから女たちの熱い雄叫びが聞こえるような一日が、365
日のうち必ずあるということを皆々様はご存知だろうか。
えぇそうです。異国の行事をあたかもこの国独自のものかの
ように様々な商戦、個人戦が行われるかの有名な司祭の命日‥
といっては聞こえが悪いので愛の日St.ブワレンタインデイ。
あぁ?発音悪ぃ?ちげぇよ口にしたくねぇんだよ。なんだって
日頃から苦手意識のある女たちの、いっそ女性不審にでもなり
かねないほど鬼気迫る形相の貌をみせられなきゃなんねぇんだ。
あ、チクショウ折角馬鹿丁寧に話してたのに。もぅいいや。


 勿論やつらは好いた男の前ではそんな貌みせねぇけど?生憎
と云おうか不幸にもといおうか、なにかしら相談を受けやすい
俺は実にあっけなくその面貌の裏というやつを見せられる。

 そんなわけで、この日だけは何があっても外にでたくはない
のだが、そんな俺の心中も軽く無視できるやつらが皮肉にも俺
の友人たちなわけで。非難してきた里屈指の色男たちはめいめ
い楽な姿勢で人ん家に陣取っているのだから何時にもまして気
分が降下するのはいたし方なかろうと思われる。

 ちなみに、窓際に片膝をたてて悠々と本を広げているのがう
ちはサスケで、窓のある壁にそって置かれたベットに背をあず
けて同じく何か術の巻物をひろげているのが日向ネジ、シノは
それから少し離れた場所で虫と遊んでいる。と思う多分。人差
し指に乗せた虫と語っているようにも見えるのは俺の気のせい
だろうから。
そして、まぁこれは今日でなくともいるチョウジはシノとは反
対側の壁に背をあずけて相変わらず菓子を貪っている。最後に、
一部からは熱狂的人気を誇るうずまきナルト。こいつがネジの
隣で、ネジのもつ巻物をうんうん唸りながら覗き込んでいる。


「つーかよぉ、なんでお前等は毎年毎年俺ん家へ逃げ込むんだ
?」
里に一応の平和がもどってから3年。全員上忍にもなり、そろ
そろいい年だというのに、皆一人暮らしをしていながら彼女の
ひとりもいやしない。俺にだけでも彼女がいればこんな風に集
まることもないのだろうかと頭の片隅で思って、来年こそはと
決意もしてみる。
唯一キバは隠れるのを潔しとはせず、独力で逃げてくれるので
助かるといえば助かるのだが、目の前の無精者達をみていると
それも気の毒だと思ってしまう。
「つかネジもう二十歳だろ?本家からも五月蝿く言われてんじ
ゃね?」
それにぴくりと反応したのは当の本人ではなく、その隣に陣取
っている金髪のほうだった。
「あぁ、せっつかれてはいるがな。如何せん仕事も忙しい、い
つ死ぬかもしらぬ身で嫁はとれぬと断っている」
シカマルの問いになんでもない風に淡々と応えるネジは顔も上
げない。同じく隣のナルトも顔はあげないが、唸るのをやめた
ところをみると聞き耳は立てているに違いない。
「だがそれもいつまでもつかだな。日向の改革は滞りなく進め
られているときく」
こちらも顔はあげないまま口を挟んだのはサスケだ。みれば口
元は皮肉気に歪められているが、声はいたって楽しげだった。
「ふん。いかな変革が加えられようと宗家と分家の関係が逆転
することはあるまいよ。」
ネジの応えにさらにと口を開こうとしたサスケを、シノの一言
がとめた。

「そろそろだ‥」
静かな、けれどわずかな緊張を孕んだその声に、皆もはっと壁
にかけられた時計を見上げる。短針は5の文字に差しかかろう
としているところだった。

「今年こそは、のりきるぞ」
「場所は割れてるだろうからな。気配はぜってぇもらせねぇ」
「シカマル。対応頼んだぞ」
初めにネジ、サスケ、シノが険呑な気配を滲ませつつ声を潜め
ていった。それにへぇへぇと実に身の入っていない返事を返し
つつシカマルは台所兼、ダイニングの部屋へ続くドアを開けた。
それを見ながらチョウジは、実のところシカマルももてるんだ
けどね。あくの強いのが傍にいるだけに皆そっちに流れちゃう
んだよね。と盾にされるシカマルに同情しつつ、自分も彼に付
き合うかと腰を上げた。






 ときに、After5という言葉は今も使われているのだろうか。
世情にうとい著者には皆目検討のつけようもないのだが、ここ
はあえて使わせていただこう。
After5。それは決して五時以降の時間全てをさすのではなく、
短針が5時をさしたその一瞬後、秒針が長針から顔を出したそ
の刹那。働く女たちの戦いの火蓋が切って落とされる瞬間の名
称である。


「っしゃーーーー行くわよ野郎(?)どもー!今年もたとえOKは
もらえなくとも私たちの想い‥チョコだけは受け取ってもらう
のよーーーーーッ!!」
おおぉぉおおぉーーーと決して野太くは無いが偉力のある咆哮
が地を揺るがす。
並み居る女性たちを、一段高いところから扇動している彼女は
春野サクラくノ一である。
長年の攻防戦により、もはや一対一では意中の人物を捕まえる
こと適わぬと悟った彼女たちは徒党を組むことで網を拡大した。
情報は武器である。
もとが隠密行動を旨とする彼女たち。その情報の速さ、正確さ、
膨大さは云うべくもない。そうして、右に山中いの、左に日向
ヒナタをおいてサスケ班、ネジ班、シノ班、その他もろもろの
男たちを狙うチームの総合取締役であるサクラは同志たちの意
気を高めるのだった。


 それを高みの見物と上忍待合しつから眺めているのは5代目火
影以下数名の側近たちである。
「さーて、今年は誰が一番にみつかるか‥」
「サスケ君、ネジ君、シノ君たちは一所に固まっているでしょ
うから、途中ばらばらに逃げ出さなければ同時に見つかるでし
ょうね」
「んじゃあ火影様。俺はうちはサスケで」
「あ、じゃあ俺油女で」
「日向で」
「犬塚に」
車座に座った者たちは次々に己の前に先端を紅く塗った掌ほど
の長さの棒を置いていく。
「ほぉ、コテツは5口か。大きくでたね。しかし昨年サスケは
3位じゃなかったか?」
「だからといって今年もそうとは限らないでしょう。女たちも
牙をといでいますからね。うちは捜索隊が数にすれば一番多い」
にやりと包帯を鼻に渡らせた男は挑発的に笑った。
「そういう火影様は誰に賭けるんです?」
コテツの隣に座っているイズモが、皆出し終えたのを見渡して
問いかけた。
「あたしかい?あたしは‥」






 しんと静まり返った隣部屋に目をやっては深い溜息を吐く友
人に、変わらず袋のポテチを口に運びながらチョウジは首を傾
げる。
「そんなに嫌なら追い出せばいいのに。」
頼み込まれれば頑とした態度がとれない旧友は、降参するよう
な自嘲にちかい笑いを浮かべて腕を枕に机につっぷしていた顔
をあげた。
「違ぇーよ。俺はただ一向に煮えるきらねぇあいつらのこと考
えてたんだ」
「?」
首を傾げたままチョウジに、わかんねぇか?とまた一つ、今度
は呆れたような、けれど馬鹿にしたのではない息を吐いてシカ
マルはのたまった。
「ネジとナルトだよ。毎年毎年、あぁやってわざわざいらぬか
くれんぼするネジと、牽制もできずに後をついてくるナルト。
何年も一緒にいるってのに、こっちがやきもきしちまわぁ」
あぁ面倒くせぇと口癖のそれを吐き出して、彼はまた机につっ
ぷした。
眠るのではないのだろうが、空をみるのが趣味だという若年寄
は暇さえあれば睡眠を貪ろうとする。それを机の反対側でチョ
ウジは、手にした最後の一枚にもかぶりつけずに呆然と口を開
けたまま動けなかった。

しかしチョウジが固まらざるをえなかったのは、友人の云った
2人のことではなく、友人の説明に現れなかったもうひとりを
知っているからだ。
―――シカマル‥サスケの存在忘れてない?
それともわざと視界にいれないようにしているのか。面倒事を
嫌うくせに、あまんじて面倒事を背負い込む彼は、それでもか
ち過ぎる荷は負いたくないとみえる。
―――まぁね。ネジとナルトがくっついちゃえばサスケが失恋
しちゃうわけだしね。
おそらく3人が3人初恋だ。奇妙なトライアングルを数年来見せ
られて。加えて水面下のそれは本人たちも自覚していないだろ
う。
まったくこれほど面倒なことがあろうかと、直接の関係はない
シのつく苦労性は人知れず胃を痛めているらしかった。


 それを尻目に大食漢は、さぁ今年はどれだけ頑張れるのかと、
後ほど回ってくるチョコレートを楽しみに思いながら、ようや
く最後のポテチを口腔に放り込んだ。







女性たちのときの声。
上司たちの博打ネタ。
賭けの渦中は男と女。男と男。たまに女と女。
結果はついぞ知らねども、好きにご想像遊ばされませ。








 終

逃げました。

2005/02/06   耶斗