語り手・シカマル ネジはナルトのことが好きだ。それは周知の事実として認められている。俺はというと、俺もナルトのことは好きだ。けれどこれは少しニュアンスが違う。 俺は確かにナルトを好ましく思っているし、何度か背中をあずけたこともある(それはネジに対しても変わらないのだが)。 ガキのころから何気につるんではいたし、それなりにアイツのテリトリーに入ることを許されていた。(ナルトはああみえて実のところ警戒心が強いのだ)けれどそれもただの友達、仲間、身内、親しい知人の域でしかない。 その他大勢の一人なのだ。 それで肝心のナルトはというと、これがなかなか素直じゃない。態度が、とか反応が、なんて話ではなく、自分の感情に、だ。 アイツ自身、アイツのことを分かっていない。だから自然感情が表にでることはない。のだけれど、不測の事態というものは起こるもので、一度だけ感情の発露があった。 そのとき、その場にいたネジと俺の二人はただ唖然とアイツの顔を見つめるだけで、アイツも云った後で間抜けな顔して自分が言ったことを俺らに尋ねたりなんてことまでした。 あぁ、そうさ。あのときのことを誰が忘れられようか。脳みそ覆ったみたいにしっかりと焼きついて離れねぇ。色、匂い、肌に触れる空気の感覚までありありと思い出せる。 そしてその瞬間、木の葉の里の命運は決まったも同然だったのだ。 ネジはモテる。以前はぎすぎすと尖って、周りの誰も寄せ付けまいとする空気から、自然人は彼から離れたところにいたのだけれど。その容姿、才能が目を惹かないわけがなかった。 そして女性たちにとって幸運なことに、彼にとっては不幸なことに彼を取り巻く険呑な空気は最近になって薄らぎつつあった。 理由は、明白に、『うずまきナルト』 シカマルは日課のように通っているベンチに寝転がり、久しぶりの休暇、惰眠を貪っていた。陽は高く、昼下がりといったところか。いい塩梅に雲がかかり、強い日差しも冷たい影と相まってむしろ心地よい。それだからいつもよりも気分よく夢と現を行き来していたのだけれど。 知人の、それもたいそう困っているらしい気配があからさまに伝わってきた。おそらく己の気配に気づいて助けを求めているのだろうそれが、その人物には珍しくも似つかわしくなくて普段は現れない親切心なんてものが顔をだしたシカマルは身体を起こした。面倒くさそうに頭を掻きながらも心中では面白がっている己を自覚しつつ。 「よぉネジ。何やってんだ?」 「見て分からないか?逃げ回っている。」 屋上の柵に身を乗り出し、真下の頭に問いかければ、男はシカマルを仰いでそう答えた。 男の返答があまりに生真面目で、それが心底まいっている風だったのでシカマルはくつくつと喉をならしながら己のたつ屋上に繋がる、屋根の無い階段の途中に壁に背を張り付かせている男のもとまで飛び降りた。 「んなに嫌なら邪険にしてりゃあいいのに。」 「はっきり迷惑だと告げてはいるんだがな。何故だか理解してくれない。女性と云うのは不可解だ。」 溜息つきつつぼやく男の隣に並んで壁へ背中をあずけ階下をちらと窺ってみても折り返しになっている踊り場の陰からも、踊り場の柵を越えてのびる小路にも、その両側の建物全ての窓にも人影は見当たらない。 「なんだ、撒いたみてぇじゃねぇか。」 「彼女たちを甘くみるな。今回は‥」 男が言いかけたその時、頭上からの黄色い声が2人の背筋を引き攣らせた。 「5人なんだ」 あぁ‥ なんとも応えようのなかったシカマルはそんな、憐れむような納得したような、様々な感情を凝縮した声をもらした。 哀愁さへ滲み出んほどのネジの声が合図だったかのように、2人は同時に踊り場の柵の向こうに駆け出していた。 * ネジの雰囲気が解れ始める兆しは随分と過去に遡る。といっても3,4年前だが。 しかし兆しというだけあってネジが完全に殻をはいでしまったと周りが気づくまでには長い時間がかかった。何故と云うと、和らぎ始めたネジの表情も一時期は硬化していた頃に戻っていたからだ。 それの反動もあってか、2度目の軟化は急速だった。 お気づきか。 切っ掛けはナルトなのである。 ナルトが修行の旅にでた2年と半年を挟んでネジは一次軟化期と二次軟化期を迎えた。ナルト不在の2年半は、それはもう‥、誰もが眼を見張るほど一心に忍の道を突き進んだ。その時にはまだ一部の遠巻きを除いて、ネジへ色恋の絡んだ好意を抱くものは、ましてやアプローチを図るものはいなかったと思う。あの頃のネジが疲れた様相をしていなかったのが何よりの証だ。捕食者に付け入る隙を、見せてはいなかったのだ。 それがナルト帰還後の変わりようといったら‥。 1. 親切になる。 2. 笑う。 3. 付き合いがよくなる。 こっちに云わせりゃ『アンタ誰!?』だ。彼の直属の上司は泪を流して喜んでいたが、後輩たちなんか肩よせあって震えていた。 ナルトもナルトで多少の落ち着きも身につけて帰ってきたが、顔のつくり方も覚えた(らしいが余り成果は見られない)くせしてネジが側にいるとなると途端にガキへ逆行しちまう。端からみれば、まぁ兄弟と云えなくも‥ない程度に、だが。 だからその時はまだ『似ないもの同士バランスいいんだろうな。』くらいにしか皆考えていなかった。 まったくあの頃の俺たちのなんと可愛いらしかったことか。 * 撒けたと思しきところで速度を緩めた。 「どうだ?彼女らまだ追ってきてるか?」 薄暗い路地裏、生ごみがポリバケツから溢れて腐臭を撒き散らすその場所の、何で汚れているのか知らない壁に寄りかかって息を整えるシカマルが訊いた。 問われた男は、同じく全力で走り続けているだろうに汗もかいていないばかりか息さえ乱していないのはどうしたことか。しかし狭い里の中である。全力で走ったからといって撒けるわけでもないからそこらへんは力配分というやつだ。 「いや‥、今度こそ大丈夫そうだ」 ネジに巻き込まれて――自分から楽しんで首を突っ込んだのだが――この会話は5回目だ。今度『こそ』と力を入れるにはよほど自信があるか、彼自身それを強く望む気持ちからかしれないが、シカマルはずるずると壁に寄りかかりながら腰をおろした。 「お前‥毎回こんな追いかけっこしてんのかよ‥根性あんなぁ‥」 誉めているつもりなのだろうがその声には多分に呆れが織り交ざっている。 「今回はまた別グループの女たちだな。いつもよりしつこい」 云って、彼もまたシカマルと面する壁に脱力したように背をあずけた。実は結構へばっていたらしい。気が抜けたのか呼気が僅か乱れている。 「いってぇどんだけの女に追い回されてんのよ。つかホントにあれお前のファン?実は恨みかってんじゃねぇの?」 半ば本気の言葉だ。 「それなら対処のしようもあるな。拘束して火影さまにつきだすか‥」 しかし証拠をどうするか‥ 物騒なことを真剣に考える男に男女の別はないらしい。 (お前の男女平等の精神ってどうなのよ) シカマルは心の中だけでツッコミをいれてどっこいしょと腰をあげた。 まさか休みの日にこんな運動をするとは思っていなかった。もともとのんびり過ごそうと考えていただけに筋肉の疲れは倍だ。腰を捻るとぽきりと骨がなった。 初めは女たちを逆の方角に誘導したり、人混みに変化で紛れたりと策を講じてみたのだがことごとく見破られて、結局足にまかせた逃亡となったのだ。ネジとしてもシカマルの策はこれまでに何度も試したことがあるのだろう。初めから成功するとは思っていなかったようで、落胆もなかったのだがシカマルとしてはそれもなんだか悔しい。 彼が今日学んだこと。それは『女の鼻は侮れない』ということだった。 「さっ‥て。後はあいつらに見つかんねぇようにして家に帰りつくことだな。玄関の前で待ち伏せされてねぇことを祈ってるよ」 「それに関しては万全をきしている。今は実家のほうに匿ってもらっているのでな」 「あ‥。そう‥。確かにそれなら根性あるファンも近づけねぇだろうな」 眷属の多い一族は一個の土地を持っている。その中でも日向家は広大な敷地に宗家を分家が取り巻く形で屋敷をもつ。ネジは一人部屋を借りていたが、それも最近では使っていないのだそうだ。 「じゃ、まぁ、気ぃつけて帰れ。俺も逆恨みで闇討ちされないよう背中に気をつけながら帰る」 じゃあな、と手を挙げて立ち去ろうとしたシカマルは背を向けたがすぐにくるりとまたネジと顔を合わせていた。 「なんかココ最近はお前特に追い回されてねぇ?何かあるわけ?」 訊いても多分相手もわかっていないとは思いながらそれでも訊ねておきたかったシカマルは、次に返された予想通りの答えに肩を落とさざるを得なかった。 「知らんな」 (少しは考えようぜ‥?) そんなこと俺が知ったことかといわんばかりにきっぱりはっきり考える間もなく言い切った男は覚めた目をして腕をくんでいる。そんな男にシカマルは(こりゃマジで恨みの線が濃いんじゃねぇの)と、むしろそうであれと本気で考えたが、男が自分の後ろのほうに現れたらしい誰かにわずか瞠目したのに背中を振り返った。 まさか追っ手が追いついて‥と肝を冷やしたシカマルは、それが自身も知る人間だったと知って緊張していた筋肉を解した。 「ナルトか‥」 黄金色した髪をもつ少年が荒い息をつきながら路地の入り口を塞ぐように両手を壁について、怒ったような目でシカマルの後ろの男を凝視していた。 その理由にまったく見当がつかなくて、シカマルは首を傾げたが、後ろの男はというとわずか口元を綻ばせて「どうした?」なんて場違いなほど柔らかい声で訊ねたのだ。勿論シカマルは背筋が冷えるのを感じた。 肩で息をしていたナルトは、未だ息も整わぬまま肩をいからせ二人のほうへ歩いてくるときっとネジを睨みあげて(どうやらシカマルは眼中にないようだ) 「なんで、黙ってたんだってばよ‥」 「は?」 シカマルの声である。 ナルトの気迫に押されるようにして脇に避けたシカマルは、右手にナルト、左手にネジを見比べる形になっていた。 「なんで黙ってたんだって聞いてんだってばよ‥!」 先ほどの問いに応えなかったネジを問い詰めるようなナルトに、焦ったのは何故かシカマルだった。動物的本能が働いたのかもしれない。 「おい‥ナルト、一体何のこと‥」 「今日お前の誕生日だってな!俺はんなこと一片たりとも聞いてねぇぞ!見ろよコレ!!」 と、勢いよく差し出されたナルトの手には、どこから出したか、否、何処に隠し持っていたのか大量の‥ 「プレゼント‥?」 しかも先ほどのナルトの言葉からすると『誕生日プレゼント』になるらしい。 両手からこぼれんほどのそれらにシカマルは正直に驚いたのだが、窺い見たネジは平然として表情を変えていなかった。 (いや‥コイツ‥) 呆れたような眼差しでネジをみやるシカマルは何事かを感づいているようだ。 「おい‥ナルト、それは‥?」 「知らねぇ女たちから押し付けられたんだってばよ!『これ日向上忍に渡して〜v』って!なんでオレだよ!なんで直接渡さねぇよ!そしてなんで断んねぇんだよオレ!!」 (最後は自分にキれるのか‥) 訊ねたシカマルが妙な感心を覚えていれば、一度もシカマルを見ないナルトの言葉はまだ続いた。 「もー町中どこもかしこもお前探してる女の子たちで一杯だぞ!おかげでオレも自分の家に帰れねぇ!ちなみにお前の屋敷にもいってみたけどなぁ、日向の人たち総泣きで門を守ってたぞ!!」 (それはつまりネジも帰れないってことか‥) もはや傍観の態に落ち着いたシカマルは、誕生日ってそんなに大事なイベントだったのかなぁ‥とまたひとつ増えた人生の謎に思いを馳せた。 「おいっ、聞いてんのかネジ!」 (あ‥) とシカマルが思ったのは 「おい、ネジ!‥‥‥‥ネジ?」 訝るようにナルトが覗き込むネジが 「おい‥?」 「なにを、お前が怒るんだ‥?」 呆けていたからに他ならない。 鉄面皮、隠さなくてもよい表情まで隠してしまう厄介な習慣だった。 (やっちまった‥) 頭を抱えるシカマルの前で、さらに火のついたナルトは、しかし言葉もでてこないほどらしく、わなわなと拳を震わせる。 (やばい‥。こりゃ完全キれてる‥) いっそ逃げ出そうかと思案したシカマルは、それさえ出来ない状況に落とされることになる。 「オレ以外の奴がお前の誕生日祝ってるなんて胸糞悪いからに決まってんだろーーがーーーーッ!!」 その、ナルトの一言で。 時の止まった空間に再び日常の音が流れ始めたころ、最初に口を開いたのはネジだった。 「それは‥、すまなかった‥」と。 (その返事は違うぞネジ‥) 今度こそ地に蹲って泣き出したシカマルは、どうしてそこでそんな返答になるのかと、本気でネジの正気を疑った。 ネジ同様呆けているナルトが、結局自分の言葉の意味が解らず綺麗に流してしまうことにも、全てを悟ったシカマルは嘆くことになる。 そんで結論はというと、 あいつら揃いも揃って愚図、鈍感、頓馬に間抜け。 そうと知らずに、周りは既に同棲までしてるんじゃないかと勘違いしてしまうくらい、公の場でいちゃつくそいつらは、信じられないことにまだ友人同士だなどとぬかしている。俺をはじめ里の忍、一般人もろもろに日々胸焼けを起させてくれて大変迷惑しているというのにだ。 アイツらはきっと互いが互いの気持ちを認識して初めて人並の付き合いができるんだろうと俺はふんでいるのだが、そう考えるのは俺だけではないらしく、同じように害をこうむり、道端で蹲り泪を流しもう許してくれと赦しをこいたくなるほど日々ヤツラに当てられ続けている里人全員の必死(決死?)の訴えに(彼女自身何か策を講じるべきだと考えていたらしい)里の長であられる5代目火影様もようやく首を縦に振られ、鈍感愚図鈍間二人を恋人同士にすべく数人の(ナルトとネジに共通して親しい)人間が召集された。 そんなわけで俺の目下の目標はこの超S級の任務を果たすことなのだ。 あぁんなこと言ってる間に。チクショウ、あいつらまたやってやがる。 ネジもナルトがちょっと(凹凸も無い場所で)つま先をひっかけただけで(しかも別段転びそうになっただとかそういう事実は決して無い。)両肩抱いて見詰め合ってまで安全の確認をしなくてもいいだろがよ。ナルトもナルトでんなネジに頬赤らめて、挙句目を潤ませたりなんてするな。(そしてそれはネジにとって『子ども扱いされたと思って怒っている』のであり、己に対して照れているのでも恥らっているのでも、いわんや見惚れているわけでも感動しているわけでもないのだ。ちなみに実のところのナルトはそうだ。) ほっとけいいから。むしろそっとしておいてくれ。お前等のことじゃなく俺たちを。 いや、一応はわかっているのだ。ネジは長らく他人と付き合うということがどういうものかわかっていなかったし(そのくせナルトには十分甘かった)、ナルトはナルトで甘やかされることに慣れていない上にそれがそうだと気づかない。免疫がないのだ。 互いに経験の浅い、むしろ皆無なだけに一概に責めるわけにもいかないのは 分 か っ て い る の だ け れ ど この仕事任されてまだそんなに時間はたっていない。しかし俺はもう悟り始めてる。諦観しはじめている。 結局ヤツラは自分たちしかみえていないし、堅強につくられたヤツラの世界は何人の侵入もゆるさない。 そうさつまり 世界はあいつら二人のために! あるのだと。 だからもうこの任務から降りさせてほしいっていうのが俺の正直な気持ちなのだ。 終 幸せネジナル補完計画。 失敗。 2005/06/27 耶斗 |