鎖になる方法を探している







 腐葉土の鼻につく匂いと、固まりかけの血の臭いと、それにまじる汗の匂い。




「い‥ッくぅ‥ネジッ‥」
 両足を抱えあげられ、幹に押し付けられ、突き上げられて。
 荒い息。生きるものの息。生き残ったものの息。
 死者の折り重なって臥すなかで、青白い月が中空にかかるのに照らし出されながら。交じり合う。
 なんて冒涜。なんて不徳。
 こんな場所でまぐわうなんて。
「あ‥ッ」
 脊髄を走り抜ける快楽に弓なりに仰け反って、戦慄きが治まるままに崩れ落ちる身体を自身を納めたまま男はより身体を密着させることで抱きとめた。
 途端、微かな身じろぎに内壁を擦られ、汗に湿る金糸を揺らしながら鼻に抜ける声をもらした彼は、けれど余韻などすてさるように肩口に顔を埋める男の艶やかに黒い髪を一房掴み、抗議の意味でくんとひっぱった。その意味を正しく理解した男は大人しく抱えた身体を開放したけれど、彼の情事の後の萎えた脚は自身の重みにさえ耐え切れずにずるずると身体が落ちるのを許してしまう。
「大丈夫か?」
 すっかり元のまま、禁欲的なまでに整った面貌で男は手を差し出したけれど、蹲る彼は手を叩き鋭く睨みあげ、気だるい身体を叱咤しながら立ち上がる。
「こんな場所で‥。なんでお前は我慢きかねぇんだってばよ」
 夜の閑寂に響くだろうから声をひそめて諫めれば、云われた男は表情無きまま肩をすくめて
「我慢はできるのだが‥。どうにも心配でな。」
 なにを、と声を上げぬ間に、男は頬を朱に染めた彼の腹に散る残滓を掬い取って、指の腹に着いたそれを舐めとった。
「んな‥ッ」
「お前がちゃんと還る気があるのか‥」
 指を舐めたまま。紅い舌が治まりきらない情動を呼び覚ましたようにぞくりと背が戦慄いた。間近でその唇は彼を呼び、かかる吐息に思わず目を閉じれば男の薄い唇が食むように唇をなぞった。そのまま苦い舌が差し入れられて、青臭い精の匂いに咽そうになるのをこらえながら受け止めた。
 心配だと、冗談のように哂いながら云った彼の言葉は本音なのだと。分かってしまうから抗えない。


 別に還る気がないわけではないのだけれど
 後ろに何が控えているかなんて分かっているつもりだけれど
 たまに、そうほんのちょっと
 胸を掠める悪戯事に
 惹かれてしまうだけなのだ


「お前がいれば‥どこにもいかないってばよ‥」
 お前だけが俺を繋ぎとめる鎖になる。
 溢れる唾液を押し出しながら、痺れた舌は拙い調べでそう云った。
 それを受けた彼は、困ったように、けれど満足したように微笑むだけで。すっと身体を離し、無言で掌を差し出した。
「帰ろうか」
 寂しげな色の瞳をみたくなくて、ナルトは視線を落とし、差し出された掌に己の掌を叩き下ろす。そうして我さきにと手近な枝へ飛び移った。
 ネジも彼を直には追わず、危なげなく枝に落ち着いた彼を眺めてから彼の後を追うべく地を蹴った。


 月に向かい立ち、振り向かないその背中は、近くて遠い。






   終


 2005/05/04  耶斗