Colors



 真っ白な人間。
 いい意味か悪い意味かは判別できないが
 兎に角、確たる色を持っているようで持たない白い人

 うずまきナルト





 恒例になったとも云える怒号に顔を向ける。
―――また怒られているのか
 アカデミーどころか里全体の問題児。
 けれど、なぁ?訊いていいか?

 何故、お前は白いんだ






―――いつかの、夢だ


 霞がかったままの頭を枕に沈めて、ネジは白い天井を眺めていた。
 つい今しがたまで見ていた情景は今も目蓋の裏にちらついている。

 左脚の感覚がない。ついでにいうなら右腹の感覚も。
 麻酔が効いているのだろう。無くなったわけではなさそうだから。
 膨らんでいる左下方の布団にちらりと目をやって、深く息を吐いた。

 どうやら己は助かったらしい。
 そしてここは病院で、満身創痍になりながらも任務達成の証を持ち帰った己を押し込んでくれたらしい。
 成功の代価は数日の前線離脱と不自由。

 単独の任務で良かった。
 チームなんて組んでいたなら確実に殺している。

 定まりなく揺れる視界に、もう一度眠ろうかと目を閉じかけたとき
 騒々しい足音に頭痛を呼ばれ、ネジは眉を顰めながら左手にある扉を見やった。





『この、バカ!』
 怒鳴った貌に唖然とした。

 扉を叩き開けた人物は同僚で、次期火影を目指して日夜邁進している人間だった。その彼が切迫した表情をしているので、どうしたのかと声をかけようとしたらばそう責められたのだ。
 振り上げた拳を仕舞ってくれた彼の良心に感謝する。
『無茶はすんなって云ったってばよ!ムリなら一度戻ってチーム組んで出直すって云ったってばよ!本来の目的は情報収集でお前一人で遂行しろとは言われてねぇ!!』
 延々と喚き散らす人間が初め誰なのかネジは認識できなかった。起動していない脳のせいでも視覚的問題のせいでもなく、ネジは確かにその人間が彼だと分かっていたのだけれど、そうだと識るのに時間がかかった。
「ナルト?」
 その声はなんの形ももっていなかった。ただ口早に捲くし立てる男の口を噤ませるくらいには場にそぐわない間の抜けた声だった。
「なんだってばよ」
 彼はそう、いぶかしむような目ではあってもネジの言葉に耳を貸そうとしたのだけれど、呼んだネジは未だ呆けたようにその貌を見つめるばかりで一向に先を続けようとしない。
 元々憤っていた彼である。そう我慢が続くわけもなく、相手が怪我人と分かっていながらも、場所が病院だと分かっていながらも大声で呶鳴りつけたくてしかたがないようだ。
「なんだってば、ネジ」
 それでもなんとか分別は守ってくれたらしく、不服ながらも押さえた声でもう一度訊ねてくれた。



 お前に 色 はないと思っていた

 おどけながら 侮られながら
 はしゃぎながら 蔑まれながら
 お前はいつも

  儚く透明

 それが分かるくらいには見つめていたのだ白い人



  「お前は今、本気で怒っているのか?」
 もぞりと枕の上でネジは傾げ彼を見上げて問うた。
 問われた彼はその質問の意味も意図もわからぬと、そう言いたげな眼差しでネジを見下ろすけれど、どのような形で飲み込んだのか直にわなわなと拳をふるわせ始めた。
「見て分かんねぇのか!この‥ッバカ!!」
 バカといってくれる前に随分のためがあったようだが。
 しかしネジはその言葉を飲み込んで、真白な掛け布の中からゆるりと手を出した。
 おぼつきなく招く手にナルトは戸惑いつつも手を伸ばす。手を伸ばして、包帯に捲かれたそれをぎゅうっと握り締めほぅっと息を吐き出した。
 姿を見る前から、見た後もその存在の希薄さに気がどこか張り詰めていた。
 布が彼の熱を遮断しているようで、それが余計に目の前の人物を希薄たらしめていて。相手が怪我人、それもかなりの重傷者だということも頭の隅にいってしまっていて。
 力の加減なく握り締めた。
 それに気付いたのは、その持ち主の呻きの苦言と、それに添えられた眉間の皺だった。
「ナルト‥痛い」
「‥っ、ごめ‥っ」
 咄嗟に指を広げて彼の手を開放する。痕がついてしまっただろうか。傷があったなら確実に開いているだろう。
 どんな表情をしているのか。
 それを見れなくて、ナルトが視線を彷徨わせていると、下方から押し殺した笑い声が彼を呼んだ。

「何笑ってんだってばよ」
「‥いや‥、お前が一人で百面相などしているからな‥」
 俺は怪我人なんだぞ‥、傷口が開くだろう
 そんな軽口をたたきながら、喉の奥から込み上げる笑いをネジは消化できずにいるようだ。
「ナルト」
「なんだよ」
「手を」
「?」
 手を そういわれてナルトはそれがなんのことが瞬時には分からなくて首を傾げた。それからネジが片方だけだした手をふらふらと振るのにその意味を察して、手を伸ばそうとし、一度迷って、結局は力を抜いた両の掌で包んだ。

「どうしたんだってば‥」
 気持ち悪ぃ‥
 ネジはただ静かに目を閉じたまま、口元には薄っすらと笑みを浮かべている。
「ホントに‥どうしたんだってば‥」
 怒鳴り込んできた当初の勢いは何処へいったのか、困惑も手伝っているのだろうけれど、ナルトは大人しくネジがゆるく力をこめるから、ネジの望むままその手を握りこむ。
「ネジ?」

「怒っているか?」

 きょとり、とナルトがネジをみやったのは、彼が相変わらず笑みを浮かべているからだ。
 怒っているか、なんてそんな台詞。口にするにはあまりに嬉しそうじゃないかと腹立ち半分。
「そんなの‥当たり前だってばよ‥」
 己の掌がまた怪我人の手を圧迫しているのに気づいて、拗ねた顔のままながら自身を落ち着かせるようにそっと息を吐く。
「俺は、お前を心配してんだから」
 くすりとネジは満足そうに微笑んだ。



 伝えても、いいだろうか白い人
 今、精彩を放つ無色にして極彩色の
 どうやら同じ想いを抱いてくれているようだから

 告白していいだろうか白い人


 俺はお前を溢れる色彩で愛しているのだと






 終

いつもながら訳の分からない話。

2005/08/03  耶斗