誘蛾灯




ひらりひらりと燐粉に淡く溶けながら、真白の蛾が舞い集まる。
宵の闇の中、ただひとつの灯りを目指して。



『貴方の周りには人が集まるんですね』
落ち着いた雰囲気に似合う静かな笑みだと定評のある上司は、
その日も同じ笑みを湛えて窓縁に浅く腰掛ける。
けれどイルカはその静謐な微笑みが、あらゆるものを諦めてい
るようで寂しく、すべてのものを欲しているようで恐ろしい。
否、彼は何も求めてはいない。求めず、ただ知っている。彼が
己の習性のままに動くのだということを。
『別に‥俺だからというものではないだろう‥』
凛とした空気をまとう者はそれだけで人を気後れさせる。いわ
ずもがな、イルカもまた我が物顔で他人の部屋に現れる男を苦
手視していた。
わざわざつけなくともいい敬称を、用いなくともよい敬語を当
然の如く使う上役がどうしようもなく不得手だ。
『違いますよ。イルカさんだからです。貴方だから人が集まる。』
俺もそのくちです。と幼い筈の年頃であるその男は妙に大人び
た瞳して
『けれど‥彼らと俺はやはり違うのでしょうね‥』
寂しそうに哂うのだ。
なぜそんな顔して嗤うのか。
『俺は、貴方に近寄ってはいけませんもの。』

身を焦され、滅びてしまう。



トタンで作った円形の浅い水槽
中央に笠と火屋の付いたランプ吊り下げ
群がる蛾は受け皿の
水に落ち込み溺れ死ぬ

習性のまま
生きるまま



『俺はただ一つの灯しさえ、求めることはできないようです。』

俺は蟲ではないから

膝に腕置き絡む指が生やすのは鉄の爪。端々に覗くのはこびり
付いて沁み込んだ、いつだかは温かった誰かの名残だろう。
『言っている意味が分からないよ‥イタチ‥』
真困惑顔の優男に、歳月を刻み込んだ深い色した眼もつ男は欠
片集めてつくった慈顔で、鈍い鉄色の木の葉の下、緩やかに微
笑んでみせた。





  終

2005/02/11  耶斗