それを渡されてすぐのイルカは
 きょとんと、呆けた目で手の中の小さなそれをみつめて
 それからくしゃりと破顔した。
「まさか花を贈られるなんて思わなかったよ」
 まさか路の端、健気に咲く花に物思うとも思えない印象の、贈った男も、どこか照れた貌して視線を逸らしていた。
「ありがとう、イタチ」


「色々と、考えてみたんですけど」
 やはり、逃げるように視線を彷徨わせ、イルカと並んで木の根に腰をおろしたイタチは云いにくそうに口をひらいた。
「誰かに贈り物をするなどなかったので‥何を選べばいいのか分からなくて」
 それを、うん、うんと相槌を打ちながらイルカは聞いて
「迷いに迷って、真剣に考えるだけ余計に分からなくなって‥歩いているところそれ」
 とイルカの手に握られている5,6本の草花を差して
「それが咲いているのをみて、なんだか貴方みたいだなぁと‥日溜りに咲いていたから‥貴方に似合うと思ったんです‥」
 こうしてると歳相応に見えるなぁ。なんて微笑ましい気持ちになってみたりしている。
 だから男のアップで視界一杯を埋め尽くされたときには大いに驚いた。
「聞いてらっしゃいますか?イルカさん」
「‥‥っき、聞いてるとも!イタチくん!」
 とっさに詰まってしまったイルカは、あぁなんて間抜けな回答だろうといった後で後悔した。
 案の定訝るような表情で見つめられ、決まり悪さにしどろもどろになりながら、イルカはまるで今思い出したという風に手の中の小さな花束を持ち上げて目の前へかざした。
「これっ、ほんと嬉しいよ!」
 そうですか?とやっぱり疑うように訊いてくるイタチは不思議そうな顔だ。
 日頃からテンポの合わない会話はするけれど、未だに慣れないといった風情なのだ。
「気に入っていただけたのならいいのですが‥、摘んできただけで飾りもなにもありませんから。やっぱり、別のものを‥」
 そう云うイタチは渡すときにまでも迷っていたのだろう、いまも不安げな色を瞳に浮かべている。
「いや、いいんだ。イタチから何かプレゼントを貰えるなんて思ってなかったし、お前が選んでくれたんだから俺は嬉しいんだよ」
 本当に心からそう思っている、と分かるイルカの微笑みにイタチもほっと息をつこうとしたところ
「まさかプレゼントもって会いに来たことなんて今回が初めてじゃないか?」
 とのイルカの発言にイタチは嫌な予感を感じてぴしりと固まった。彼の頭に過ぎったそれは、もしやよもやまさかそんな、と思考と混乱の渦を巻き起こした。
「つかぬことをお伺いしますがイルカさん」
 そう前置きした彼は実に紳士だった。
「今日が何の日かご存知ないんですか?」
 その問いに返された、本日二度目のきょとんとした目に、イタチは早々諦めの風が胸に穴を空けたのを感じた。
 云うべきか、云わざるべきか
 とるべきは相手の沽券か己の沽券(?)か
 いやまさか指摘してもこれは相手の恥にはなるまい!
 そうだ誰か他の人間の口から教えられるよりは俺が伝えたほうが俺としてもなんだか気持ちがいいというか嬉しいというか、あぁイルカさんもそう考えてくれたらなぁ
 妙なことに気を使うイタチが心を決めるまで恐らく10数秒が経過し、その間イルカはにこにこと疑いのない瞳で考え込むようなイタチの口からでる言葉を待っていた。


「今日は、あなたの、誕生日でしょう?」
 云い含めるように一語一語を区切って伝えたイタチの想いは果たしてイルカの心を捕らえただろうか。違う意味で捕らえたかもしれない。
 あ、と今度は自分が固まったイルカは手の中の贈り物へ目を遣れないほど気まずさにイタチの顔から視線を外せなかった。
 にらめっこに勝つのは(この場合先に目を逸らしたほうの負け)アカデミー教師海野イルカか歴代でも傑出した才をもつうちはイタチか。
 二の句を継ぐのはどちらが先だろう






 終