「ネジ君もさ?そろそろ身を固めたいと思わない?」 あなたが猫なで声で懇切丁寧に俺の名前を呼ぶときはきまってよくないことの前触れなんです。 けれど権力の前に人は弱く、実力社会における序列に逆らえるほどネジは型を外れてはいなかった。 「カカシ上忍‥俺はまだ16です‥」 だってイルカ先生といちゃいちゃしたい! なんて、突然人の部屋の窓に現れ窓枠に蹲って拳をばたばたと振る上忍に、だからあんた一体いくつなんだとやはり口には出せないままネジは額に手をあて頭を支え、こっそりとだが重い溜息を落とした。 木の葉の里でも指折りのラーメン屋『一楽』でふたりっきりの客の小さいほうが口を開いた。 「最近ネジとカカシ先生ってば仲良いってばよ。」 そう思わね? と、華やかな金糸を無造作に撥ねさせる子供が仰いだのは一文字の傷をおおきく鼻に渡らせたいつかの恩師。 「そうだな‥、あまりピンとくる組み合わせじゃないけどな。」 やっぱり上忍同士気があるのかなぁなどと云って、ずぞぞと麺をすする。 「こないだなんかさ、二人でなんか話してるから何話てんのかと声かけたらさ?‥」 その時のことを思い出すと同時にその後の心境も思い出したのか、ふと眉を寄せると持ち上げていたラーメン鉢をカウンターに叩きつけて、汁が手にかかったのにも気付かぬ風にきりきりと眦を吊り上げ始めた。 「ナ‥ナルト?」 元教え子の変貌に内心酷く怯えている彼は口から麺を一本除かせながら椅子の上で後ずさった。 「『すまん。なんでもない。』とか云いながらそそくさとどっかいっちゃったんだってばよ!!」 キーンと鼓膜を破らんばかりに突き抜けた大音声に、師は指で耳に栓をしつつ顰めた顔を隠しもしなかった。 「『すまん』ってなんだってばよ!『すまん』って!謝るくらいなら訳話せってばよ!」 気にいらねぇ!といいざま今度は勢いよく鉢を持ち上げて、そのまま一気にスープを飲み干した。 ごっくんごっくんと元気に上下する喉を唖然と眺めていた男は、子供がぷはっと風呂上りにビールを飲み干した親父さながらの一息を待ってから宥めるように手を挙げて、苦笑まじりに云ったのだ。 「まぁネジにもお前に云えないことはあるんだろう。それでも気にする必要ないんじゃないか?相手はあのネジじゃないか。」 お前に悪いことはしないさ。 沈着冷静、眉目秀麗、難攻不落の彼を、この子供は落としてみせたのだ。それも無意識に。だから口説き落とされたのはむしろナルトのほうなのだ。 それを知っているからイルカは、ネジが何か隠し事をしていたとしてもそれはお前のためであり、けしてお前に悪いようにはならないだろうと、先生の顔して云ったのだ。 そしてそれに、渋りながらも同意して子供は一先ず落ち着きを見せた。が、二人はすっかり失念していた。先の子供の出だしの言葉 『ネジとカカシ先生』 『カカシ先生』 『カカシ 先生』 覆面と額宛に顔の大半を隠した隻眼の、千の技持つ里の技師と謳われながら、年齢規制小説片手に里を闊歩する非常識にして社会不適応者の、あの上忍が。 いかにネジが常識人と一目置かれる存在にしても傍にいたのである。 二人はそれを、全く、完璧なまでに、失念していた。 この間から顔を会わせれば開口一番『幸せ掴もうよ』の銀髪隻眼の男にネジはいい加減まいっていた。 彼のいうところの幸せとはつまり彼の恋人との一時を完全に独り占めにすることであり、彼の考える己の幸せとは、己の恋人との結婚。らしい。 だからなんで提案者のあなたの方が程度が低くて、俺の方のハードルが滅茶苦茶に高いんですか。 せめて同程度にしておいてくれ、と色恋沙汰に程度も度合いもあるかは知らないネジは思う。 そして今日も、もはやつけているのではないかと思えるほどに颯爽と、実に軽やかな身のこなしで『偶然』目の前に現れる男は笑って例の文句を口にする。 「や、ネジ君。幸せ‥」 「の押し売りは御免です。」 この位の言葉はなにも不敬罪にはあたらないだろう。それでなくとも目の前の上司は普段から部下にいいようにこき下ろされているのだ。 云うなりもと来た道を引き返そうと背をむけたネジに男はがっくりと肩を落としてみせ、 「そんなばっさり切り捨てなくても〜。良く考えてみてよ。明日をも知れない我が身を思えば一時の幸せは一生の幸せでしょう?そんでその幸せは愛する人と一緒にいること以外のなんなのよ。男なら愛する人を繋ぎとめておきたいとそう‥」 思うでしょ? ホントニコノ人ハ無駄ニ上忍ダ 全く察することのできなかった気配に耳殻をくすぐられたネジは背筋を這い上がった悪寒とともに隣にたつ男からとびずさった。 「幸せを掴みたいならお一人でどうぞ。」 一体どこからそんな迫力満点地を這うような重低音がだせるるのかと、若干16歳の少年を首を傾げて見やったカカシはそれでも笑って応えた。 「そんなこといっちゃって、早めに捕まえておかないとナルトに悪い虫ついちゃわないとも限らないでしょ?」 それに思うところでもあるのか、言葉につまったネジにカカシはうっそうと笑ってさらに続けた。 「ナルトは可愛いからね〜(俺のイルカ先生ほどではないけど)。そ れに若いってことは先が長いってことだし、紆余曲折は当然あるだろうし、そんなときに綺麗に修復がきくのかな〜横からかっさわれたりしないのかな〜そういう時って例え紙一枚でも十分繋ぎとめておくことができるよね〜」 途中ポツリと聞こえた呟きはあえて聞かなかったことにしたネジは、カカシのいうこともあながち間違っては居ないと眼に動揺を浮かばせた。それをみとめてカカシはにっこりと晴れやかに両手を広げると、これまたさわやかにいってのけた。 「これはネジ君のためでもあるんだよ。俺たち運命共同体でしょ。」 だってイルカ先生とナルト、あんなに仲がいいんだから。 力も違えば思考も違うのか。 その考えには異を唱えたかったネジであるがもはや儚く見える現世をその眼に映しながら、同じく虚ろな笑みを湛えてカカシを見た。 「俺に‥どうしろというんです?」 日々の度重なるストレスにもはや諦めの境地に達していた彼はここで敗北を認めた。 カカシがネジを引きずり込まんと声をかけたあの日からわずか2週間のことだった。 それでも結構しぶといなとカカシも結構やきもきしていたのだけれど。 あな恐ろしや元暗部の底力。 「王道にプロポーズでしょ。」 ムリだ。 もはや全てに諸手をあげたつもりのネジもその無謀なまでの、作戦ともいえない策に、これまでの人生に考えたこともなかった現実逃避を試みた。 それを笑みを象ったまま蒼褪めて固まったネジから汲み取ったのか、カカシは軽く笑い声をあげながらネジの意識を引き戻すように手を揺らして 「君ならできるさ日向の才に愛されし天才日向ネジ君!里の法律なんて俺に任せといて!」 ナルトの幸せを考えるならあの5代目も首を縦に振るさ! そもそもそれが無謀なんだ、とか 天才ってそんな響きだっただろうか、とかなんてことを云えもせず己の耳に木霊する男の声にネジは気が遠くなっていくのを覚えた。 「じゃ、そお言うわけで。」 なんていって挨拶でもするように気軽に片手をあげ 「お互い頑張ろうね」 なんていって、軽く己の肩を叩いて現れると同様見事な身のこなしで忽然とカカシは消えた。 残されたネジは往来の真ん中で、煩悶する頭をかかえて蹲りたい衝動を必死に耐えていた。 数日後、ネジのプロポーズはあっけないほどあっさりと成功し、対するカカシはこてこての常識人であるイルカにグーで殴られ玉<砕した。が、すぐに立ち直ったという。 ちなみに木の葉の法律は特別例を設けるという方向に改定されたそうだ。 終 くだらない‥orz 2005/06/27 耶斗 |