「ネジ‥お前今何つった‥?」 水を飲もうとコップ片手に食卓から立ち上がったナルトは、背を向けたところでかけられた言葉にたっぷり数秒間静止した後恐る恐る顔だけを振り向かせ、丸い目をさらに丸くさせて問い掛けた。 「だから、『結婚しよう』と。」 応えた男は実にすずしい顔をしていた。 結婚騒動 任務があると偽って休暇中のネジを家に置き去りにしたナルトは甘味処で頭を抱えて突っ伏していた。店の奥、障子に濾過された陽光が飴色のテープルを照らす席と通路をはさんだ4人掛けの席。入り口に背を向け、衝立から金糸の頭だけを覗かせはや一刻、ようとしてそんな奇態を演じつづける客に店員は近づくこともできず、茶を運んだあとは注文に呼ばれないのを幸いとその一角をもはやないものとして商売に励んでいる。店の喧騒は、どこか白々しくさえあった。 そこに常連ともなった一人の男が暖簾から顔をだし、案内しようと近寄った店員は丁寧に断りをいれられた。軽く店内を見回した彼の目が珍しいものを見つけたからだった。そうして男はある一点を指さして店員に一言告げるとまっすぐにそこへ向かった。向かった先は切り離された件の一角。 「よ、なーにやってんだ?お前。商売の邪魔だぜ?」 口元を笑みにつくった男はそう声を掛けながらナルトと向き合う席へどっかと腰をおろした。粗雑な挙動にナルトが億劫そうに顔をあげると男は僅か気おされながら、ナルトに出されていた湯呑みを引き寄せ一口飲んだ。 「昼間っからなんつー顔してんだよ。」 くだけた格好で背もたれに寄りかかりながら、シカマルは面倒なときに来てしまったかもしれないと早々に後悔し始めている。 「べつにーお前には関係ねーってばよ。」 再び隠れるように顔を伏せたナルトは拗ねた声でそう応え、くぐもった声はシカマルを敬遠した。 しかしシカマルは口端の片方を持ち上げるだけで、ちらりと衝立の向こうからこちらを窺うように顔をみせた店員に「団子ひとつ」と注文する。 それを聞いていただろうナルトは、けれどぴくりとも動かずシカマルを意識の外へ追い出すつもりのようだ。 「帰って早々落ちこんでんなよ。旦那に慰めてもらえばいいだろ?」 彼本来の持ち味か、揶揄る調子なしにそういいやれるのは美点ともいえるのだけれど今日は如何せん相手の具合が悪かった。 「『旦那』‥?」 地を這うような声音を、無防備だった耳はまともに吸収しぞわりと悪寒が背を撫ぜた。 「ナルト‥?」 不味いことを云っただろうか。いやしかしアイツとの仲はもはや仲間内には知れ渡っていて、公認すらされている。 「ど、どうしたんだ‥?」 思わず及び腰になってしまう自分を情けないと思いつつも、自身を立て直すことができないシカマルはなるべくナルトの逆鱗にふれないよう居住まいを正した。 「『旦那』‥ね。『旦那』‥。 ‥ふふ‥ははははは‥アイツが旦那っつーんなら俺はなんだ?奥さんか?新妻なのか若奥様か‥?」 ゆらりと立ち上がるナルトの背に、シカマルは陽炎をみた。 「おい、待て、何言ってんだ。言ってる意味が一向に‥」 わからん。 とそう続くはずだった言葉はナルトの鋭い眼光と、テーブルを叩き割る衝撃でかき消された。 「太陽は黄色いんだぁーーーーーーーーーッ!!!」 「‥‥‥‥」 硬く拳を握り締めそう絶叫した後、ぜぇはぁと肩で息を落ち着かそうとしているナルトにシカマルはしばらく意識ごと視界を奪われていたが、やがてはっと我に返ると、ナルトをなだめるように両手をかざして軽く揺らした。 「何か。知らんが。まぁ、上手くいってなさそうだってのは分った。 それじゃあ俺は用事思い出したから」 中心から真っ二つに折れたテーブルの下から、木片の散らばる通路へ抜け出したシカマルは目線を彼から逸らせたまま立ち去ろうとしてその襟首を掴まれた。 「まだ注文の品がきてないぜ‥?」 喰っていくよなぁ? と、凄む表情に否といえる者がいれば是非とも拝謁したいものだと、シカマルは遠い目をして今日のわが身を儚んだ。 片付けのために近づくことすら恐れているらしい店員の代わりにシカマルが簡易に修繕したテーブルの上に注文していた団子と茶が並べられ、店員の気配が遠くなった頃、おもむろにナルトは口を開いた。 「確かに2年半って時間は長いもんだと思う。」 テープルにに腕を載せ、両手の指を絡ませた格好はいかにも深刻そうである。 「けど、人間が変わるのに必要な時間ってもっと長いもんなんじゃないか?いや、時間なんて関係ねぇよな。要はどんな気持ちであいつがこの2年半を過ごしてきたかってことだもんな。」 「‥‥‥」 「だけどネジだぜ?あのネジが、あの‥真面目だけがとりえのような、堅物を溶かして鋳型に流しこんでつくったようなネジが‥あの‥あんな台詞を‥」 言葉を並べるうちに気が昂ぶってきたのか、否、恐怖がせりあがってきたのか、ただでさえ血の気の引いていた顔はさらに青褪めて、手もわなわなと震えだした。 「天が裂ける!地が割れる!この世が終わる〜〜〜〜っ!!」 ああぁあああぁああーーーー ムンクの叫びよろしくまたもや席を立っての絶叫にようやくいつもの調子を取り戻していたシカマルは指で耳に栓をしつつまぁまぁとナルトに腰を下ろさせた。 優しい口調ながら顔はしかめっ面である。 「とりあえず何があったかを聞かしてくんねーと。お前さっきから言ってること分んねんだよ。ネジがどうしたって?」 今だ落ち着けきらずフーフーと運動後のような熱い息を吐いているナルトは『ネジ』の一字にぴくりと肩をゆらしたがそれ以上の反応はみせずに暫く沈黙を持って応えていたのだが、息も整ってきたところでちらりと上目に目の前の三白眼を窺うと深い深い溜息を溢した。 「笑わねぇ?」 「笑わねぇ。」 「ひかねぇ?」 「事情しだいだ。」 「友達やめねぇ?」 「信じろ。」 「結婚してくれって。アイツ‥」 「おーそうか。そいつはめでてぇ。で?式はいつ‥‥って‥」 え? ‥‥‥‥‥ 口をぽかんと開けたシカマルという貴重な画も、今日のナルトにはなんらの価値もないらしい。 ごくごく真面目な表情で、畏まって座る旧知の友にシカマルは一瞬間、「あれは聞き間違いだったか」と淡い希望を抱きはしたのだけれど 「困るよな‥や、悪い意味じゃねんだけど。だって、あんまり突然で‥。俺まだ何の準備もしてなかったからさ‥うわっどうしよう俺!思い出すだけでまた恥ずかしくなってきた!ってネジほっぽったまんまだし!」 うわぁうわぁと今度は何がおきたのやら先ほどまでの恐慌状態とは打って変わって、喜色が顔に表れるのを何とかして押さえようとしているように見える。思わずシカマルは目を凝らしたほどだ。 「な、シカマルっ、お前の父ちゃんと母ちゃん結婚式ってやったのか?忍同士の結婚って式挙げんのかなぁ?書類とか書くのか?したら受付はどこだ?イルカ先生か?あーーーっ火影のばぁちゃん達にも知らせなきゃッ」 「ちょっと待て。」 赤らんだ頬を両手で包むんであれやこれやと百面相している15の少年はそれだけだと微笑ましいものであるだろうが、相手の言葉をいまいち理解できていない身としては恐ろしいことこの上ない。 一人暴走しっぱなしのナルトを制したシカマルはテープルに身を乗り出し、神妙な顔をして尋ねた。 「お前、悩んでたんじゃねぇのか‥?」 「? 悩み?」 「朝からネジと一悶着あったんだろ?」 「悶着?あった?‥かな」 「で、アイツがお前に何言ったって?」 「だから、『結婚し‥」 「だーーーーーーッ!いい!言うな!!」 聞きたくない!と何かを振り切るように仰のいた彼は、両掌で思い切りテープルを叩きつけー幸い亀裂が走っただけですんだーぐんと鬼気迫る表情をナルトの眼前へ下ろした。 「つまりアイツはお前にプロポーズしたんだな!?」 「お‥おぅ‥」 「そしてお前はアイツをおいて家をでてきた!つまりは家出だ!」 「お‥う?」 別にナルトたちは一緒にすんでいるわけではない。ただ互いの家に泊まったり泊めたりする仲なだけだ。 しかしそれを説明することはシカマルの勢いに押されてできなかった。 「しかし逃亡先をここ甘味処『おいでませ木の葉』に定めはや半日粘った!」 「や、そんなには‥」 「客ならず店員までも倦厭させた絶望感まるだしのあの姿は!世界を終わりを予感させしめたあの悲壮さは!懊悩ではなく一種のノロケだったと!お前は!そういうんだな!!?」 ぜー、はーと力の限り叫んだぞといわんばかりに大きく息をつくシカマルの人差し指をつきつけられて、ナルトはぽかんと口を開けて見つめ返していたが、やがてことりと頷いた。 「そういうことかな‥?」 あっさりと肯定されて、もはや完全燃焼の態であるシカマルはがくりと白い灰になって崩れ落ちたのであった。 その後、店に顔をだした(事の引き金である)ネジによってナルトは回収されたのだが、その落ち着きようをみるに、平穏なはずの里内の甘味処のひとつに起こった惨事はすでに予測済みだったようだ。 実に無駄なく事後処理を済ませ、全ての面倒を片付けた彼は白い灰になってうつ伏している友人に対しては一瞥したのみで(確かめるまでもないのだが)無事を確認することはなかった。胸中で合掌してくれていればいいところだろう。 その数日後に受付で似たような騒動が起こっただとか、火影宅でなにやら臨時の集会があっただとかさまざまな風聞は流れたが詳しい内容を知るものは関係者を除いて皆無である。 終 うわ。楽しかった。 私のこの時期に雪が降ったことへのコメントに対し応えてくださった皇さんの「ネジとナルトが結婚する」から生まれました。 ネジ2部登場祝いということでフリーにしよう‥かな。 '05/03/27 耶斗 |