3.白




 □  □  □




愛していると抱きしめたならお前は






雪が降る
華が降る
はらはらと
ほろほろと
肌を掠めて落ちていく

お前を埋めていく




「ナルト、外にでないか。」
カーテンを開け放ちガラス越しの雪景色をしめして誘う。
「風をひいてはいけないから厚着していこうな。」
壁にかけてあるコート、マフラー、あらゆる防寒着でその
身体を埋めていく。
「少し遠出するか?里を見下ろせる丘まで登ろうか。きっ
と綺麗だぞ。」
なされるがままの腕を袖に通して、己を映さぬままの瞳を
覗きこんで、歩かぬ脚を抱えあげて
「ここで待っていてくれ、俺も着替えてくるから。」
煌々と火を灯すストーブの前に椅子を引いてきて座らせて、
その足に靴を履かせようやくネジは己の支度に取り掛かる。
火の傍にいるのだから身体が冷えることはないと分かって
いるだろうに、ぞんざいともとれる仕草で手早く身支度を
整える。
「いこうか」
コートにマフラーを捲いて、けれど手は素のまま。
ナルトを抱き上げるのに邪魔だからと。



さくりさくりと雪を踏む。二人分の重みをひとつの足跡に
刻ませて。吐いた息はすぐにも凍り、昇り、溶ける。
見上げた空は白く、白く、蒼を翳ませ広がっていく。
「ナルト、ほら着いたぞ。」
腕の中の身体を抱えなおしながら、その顔を己の胸の中か
ら眼下に広がる里へと向けさせる。
「随分積もったな。こんなに振るのは初めてじゃないか?」
違うな‥あの日もこれぐらい降っていた。
ふと網膜に甦る残像を打ち振って、ネジは再び笑みをつく
った。
「座ろうか。寒くはないか?お前は腕の中に抱いておくよ。」
ネジの硬い筋肉はしっかりとナルトを抱きとめていたけれ
ど、里の外周を4半ほども歩けばやはり休めたくなった。
「綺麗だな、ナルト。見えるか?」
目にかかる髪を除けてやりながらネジは笑いかける。ずっ
と笑いかけている。まるで生まれたときからその表情だっ
たかのように笑みは彼の貌に馴染んでいた。
はぁと白い息を吐き出して、ネジは彼の頭を抱きこんだ。
視界は閉ざさないように。
掬った髪は冷たく、己の熱を奪うけれど、その柔らかさが
愛しいと頬を寄せる。
静かに吐き出す彼の息も細いけれどやはり白い。それをぼ
んやりと眺めながら、ネジは静かに目を閉じた。
残像は凍った吐息。白く視界を翳める死んだ息。







伝えておけば良かった。
恐れていたんだ己の矮小な心は
変わることを恐れていた。



疾走する男の前には闇と薄ら明く浮かび上がる銀の大地。
木々の格子と葉々の影を黒々と浮かばせながら何処までも
白く白く、果てなく透き通る。

『--からの連絡が途絶えた』
『任地で内乱が』
『依頼主の保守派が倒れた』
『巻き込まれたか』
『最悪‥‥
  死んだか 』
――それで、あんたたちは諦めるのか。切り捨てるのか。
――ネジっ!?止めろ!
止めようと己の腕をつかんだ友の手を覚えている。
――俺がいく。許可をください。
――引けっネジ!出しゃばるなッ。
――許可を
――ネジ‥ッ
歯噛みした友の貌を知っている。そのときには誰だったか
思い出せなかったけれど、よくよく思い返せば古い付き合
いだった。
『‥許す。行きな。ただし、』
生きて帰ってくるんだよ。
重厚な執務机に肘をつき、組んだ流麗な線を描く指に唇を
隠して己を見据えた女傑の瞳に彼の勁さと同じものをみた。
――だったら俺も‥ッ
『シカマル。あんたはここに残ってやってもらわなきゃら
ないことがる。あんたの頭がいるんだよ。』
――‥‥‥ッ
やるせないと、けれど従うべきだと知っている彼は黙って
目を合わせると頷いた。
行ってこい と

いつからか雪片が舞い堕ちていて疾駆する男の肌をさした。
けれど気にも介さず男は走る。月もなく、茂る樹木はそれ
だけで布帛のように身を隠してくれるけれど、それでも雪
は、自ら発光しているかのようだと男は僅かに目を眇めた。
と、刹那、葉々の間に色が生まれた。


点々と滲んだそれは彼が方向を変えたことを示し、男を誘
導した。
そして見つける。六花に眠る金色の獣。
牙を折られ、爪を割られた愛しい獣。
白の棺は彼の色を鮮やかに際立たせるけれど、まだ早い。
まだまだ早い。
濡れたように艶やかな黒髪を流して、男は半分ほども埋ま
ったその身体を掬い上げた。
      








ふと気付けばば奇妙な倦怠感に、眠ってしまったのかとゆ
っくりを目蓋を持ち上げてネジは焦った。
腕の中にいるはずの彼がいない。
「ナルト!?」
まさか。一人で歩けるはずがない。
立ち上がろうと手をついて、肩からずりおちたそれに彼は
二度驚いた。
ナルトに着せていたはずのコート。
何が起きたのか分からなかった。否、期待してそれを打ち
払った。
あるはずがないのだ。
あるはずが‥
「ネジ」
背からかけられた声に、ネジは直の反応を返すことができ
なかった。
「ネージ」
くすくすと楽しげに呼ぶ声がまごうことなき彼の声だと、
身のうちまで浸透してようやくネジはゆっくりと身体の向
きを変えた。
「‥ナルト」
「何て顔してんだよ。」
言って、投げられた雪球を顔の前で受け取って、崩れてし
まったそれに意図無く目を落とした。
「今まで悪かったってば。」
帰ろ?
もう、自分の足で歩けるから。
自分の目でみれるから。
この手でお前を探せるから。
「あぁ、そうだな‥。帰ろう。」
差し出された手をとって、雪の中から立ち上がる。
いつの間にか、雪はまた降り出していた。




家に帰ったら伝えようか。
応えを聞けずに何度も何度も繰り返した
お前を抱きしめて、悔いとともに赦しを請うよう繰り返し
たあの言葉を今一度。





  終


どこまでもネジはナルトに優しければいいよ。
お題提供ありがとうございましたv

 2005  耶斗