4.目蓋



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 ネジはよく眼を閉じる。
 一緒に並んで座っていて、こちらが話しているというのに思いに耽るように目を閉じる。
 それでもうっすら笑っているから無視しているのではないとしれるけれども。たまに相槌も合いの手も入れてくれるからちゃんと聴いてくれているのは分かるのだけれども。気もそぞろという感がしなくもない。
 お前は人の話をきくときにはちゃんと相手の顔をみるものだって教えられなかったのかよ。




 ナルトはよくネジの邪魔をする。と人は考えている。
 それは人々が彼らを目にするとき、日向ネジは瞑想をしていたり休息ととっていたりするときであるからだ。それで人々は、あれは躾がなっていないだとか、自分勝手だとか、図々しいだとか、そんな風に苦い顔をみせるのだけれども当の本人は笑って応えているので周りが何をいうことはなく、あの人は寛大だとか、大人だとか、優しすぎるだとか、そんな風に困ったようなけれど己のことのように誇らしい気持ちに胸を膨らますのだ。
 今日もまた、ナルトは大きくなった身体ながら、幼子がじゃれつくように、茶屋で休息をとっていたネジの背中へ屋根より回り込み飛びついた。


 面白くない。ナルトは忙しく口を動かしながら、舌を弾きながらちっとも浮上しない気分に内心舌を打つ。
 「そんで俺が仙人の代わりに買い物いったら‥」
 身振り手振りでその光景と心情とを表そうと奮闘しながら、ナルトはやはり石を飲み込んだような気分から脱せ無いままでいる。
 「女の人たちが‥」
 身体を捩って板縁にのりあがるようにして、隣にすわるその人と正面を向くようにして。嗅ぎなれた部屋の匂いは古くなった木材と褪せた畳と陽がつくる陰の匂い。
 ナルトが口を開くと同時に身体もゆれ、金の髪もぱさぱさ跳ねる。青い瞳はくるくると回り、大仰に振り回される腕は彼の貌の影を濃くする。
 「店のツケ払えって俺に云うんだぜ?」
 もう5度目だっての。
 ナルトが空を仰いで嘆く真似をするのに、ネジは喉をならして先を促す。
 「それで?」
 向けた貌はうっすら瞳を覗かせていて、ナルトは満足に気分が高揚する。
 「すぐさま仙人とっ捕まえて、女の人たちの前に引き出してやったってばよ!‥連れてくまでにまた一悶着あったけど。」
 最終的にはふんじばって突き出してやった!
 と自慢げに胸を張り笑うナルトは過去の数回逃げられた経験を持つ。そしてツケの肩代わりをした経験を。それを知っているネジはうっすら笑みを刷いてナルトへ顔を向けると、真っ直ぐに視線が絡んだナルトははたと頬を赤らめ怒ったように顔を背けた。
 それにネジが首を傾げて、どうかしたかとその顔を覗き込もうとすればナルトはますます頑なに顔を背けてしまう。何か気に障ることでもしただろうかと訝り、これまでの経緯を思い返してみてもネジにはさっぱりわからない。
 「ナルト?」
 僅かな困惑も滲ませてそう問うてみたのだけれど、返ってくるのは沈黙ばかりでそれでもと顔を向けさせようと策を講じてみるのだけれど元々人との関わりはネジの不得手とするところだ。眉間に皺寄せて黙するだけの態になってしまう。
 とうとう匙を投げようかという頃、ぽつりと、葉擦れくらいしか目立った音がなかったからこそ聞こえたような小さな声でナルトは云った。
 「お前‥、極端すぎだってばよ‥」
 言の意味するところを汲み取れずにネジが黙ったままでいると、ナルトはさらに言葉を継いだ。
 「人が話してるときは聞いてないようなふりして、話し終わったら目ぇ合わせて‥。普通逆だろぉ?」
 それから、そうだそうだよとなにやらひとり納得したらしいナルトはがばりと身体を反転させネジに向き直った。
 「前から聞いてやろうと思ってたんだ。お前が俺の話聞くときだけそんな態度とる理由!」
 一体どぉいうつもりだってばよ!
 と、そのまま眉間を穿ついきおいでナルトは人差し指を突き出した。対するネジは、唖然といった様子で暫く間近でぼやける指先と睨み上げるように己をみつめる澄んだ蒼を見やっていたが、やがて得心いったという顔をしたかと思うと、決まり悪そうに視線を逸らせて髪をかきあげるように撫で付けた。
 「理由‥と訊かれてもな‥」
 困った、とそれは全身から滲み出ている。
 そして継がれた二言、三言の説明にナルトは再び、今度は余すところなく満面を朱に染めたのだった。

 ネジは云った。ぽつりぽつりと言葉を選び確かめるように、生来持つ誠実さを抱かせながら言葉を紡いだ。
 『お前の声を聴くのに‥視覚的刺激は邪魔なだけなんだ‥。それでなくとも己は観察が癖のようなものだから‥』

 端的に云えば、『お前の声に酔っていたいのさマイ・ハニー』だ。
 訊かなきゃよかった‥と勝手に台詞を要約したナルトは冷えた床板に頬を押し付けて、己の顔の熱さにますます居たたまれない恥ずかしさに沈没した。





 ネジはよく眼を閉じる。
 それは並んで座す想い人の話す声をよく聴くためだとか
 溶けるように笑う黄金色が、昼の日差しを眩しくさせているためだとか
 空気に混じる微かな薫りを拾うためだとか
 総じて、情人の存在をより強く感じるためである。








 終

20050305 耶斗