5.指の体温




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好きだといえない僕たちだから



「ネジ、祭りに行こうってばよ。」
日暮れ、長い影法師を供に連れ黄金の子供がドアを叩いた。
「今日が秋祭りだったか?」
忘れていた、と開ききらない眼でドアを開けたネジは、けれどそ
の顔をみとめて微笑んだ。
「ネジ任務明けだったのか?」
「あぁ、里の外へ書簡を届けに。」
云いながら、扉を支えたまま身体をずらし径をつくる。
それにナルトは身体を滑り込ませ靴を脱ぐ。閑散とした、灯りの
おちた部屋。きっと眠っていたのだろう。だからあんな無防備な
目をして。
きしりと畳を踏んでナルトは振り返った。
「じゃあネジ疲れてる?」
「いいや、よく眠ったから。」
扉が音もなく閉められて、外の喧騒が遠くなる。
嘘吐き
口の中で呟いて、けれどなんだかんだと面倒見の良い男は何を言
っても大人しく従ってはくれまい。しくった、と内心舌をだして、
それでも一応訊ねてみる。
「休んでていいってばよ?」
「十分だ。支度をしよう。」
やっぱりネジは微笑んで、長着の帯を解いた。







半ばまで落ちれば暗くなるのは実に早い。
提灯の紅い灯りの下、二人並んで参道を歩く。
山の中腹に建てられた神社、集められた灯りは山の頂までも照ら
さんほどに。
賑やかな人の声。軽やかな笛の声。腹に響く、人々を鼓舞する太
い太鼓の音。
擦れ違う人、追い越す人、里の誰もがこの日今宵の夢に酔う。
心地よい昂奮に酔い笑う。
直に漂い始める夜店の匂いに鼻をひくつかせナルトはネジを仰ぎ
見た。何より雄弁な目にネジは苦笑にも似た哂いをこぼして、
「買いすぎるなよ。」
そう釘をさしても持ちきれぬ分を己に押し付けるであろう、嬉々
として離れていく後姿に、ネジはまた微かに眉を寄せて口元を綻
ばせた。
隣を埋めていた子供が離れ、広くなったひとりの空間、冬の気配
を感じさせる冷たい夜気に襟口を引き寄せた。





ネジ、と呼ぶ声がした。
出店の茶屋、台座に腰掛けて呆っと櫓を眺めていた。輪を描いて
櫓を囲み、囃子太鼓に踊る人ども。聴いているうち見ているうち、
その韻律に囚われていた。
声のしたほうに顔を向ければ、ネジの傍らにはそれ以前に運ばれ
た品々が並んでいるというのに、多量の戦利品を器用に両手に収
めた黄金の子供。紅い灯りに照らされて、影も相俟まり普段は目
を射んばかりに眩しいそれも今は柔らかい光彩を醸しだす。
「ただいまだってばよ」
歯をみせて笑う子供に
「おかえり」
と微笑んで、差し出された片手のそれを受け取った。
甘い芳香を漂わせる串に刺された紅。丸いそれは林檎飴。
ありがとう、と思いもよらぬ贈り物にまた哂って、それを口元に
運んだ。
香りのとおり舌から伝わり口腔に広がる甘味。じんわりと沁みる
ような甘さに唾が喉を下った。
軋んだ台座と近くなった気配にナルトが隣に座ったのだと知る。
ちらりと目を向ければ、かち合った、己と同じ色の林檎飴に噛り
付く、ナルトの目。碧眼にゆらゆらと揺れる茜色にまた意識を持
っていかれそうで目を閉じた。
それを見計らったかのように、どん、と重く響く音が腹を打ち、
一瞬後に上がる人々の歓声に顔を上げれば、ついでぱらぱらと鮮
やかに散る空の華。
隣を窺えば身を乗りだすように屈め、目を輝かせて向こうの空を
見つめる黄金。さらに続く華々にぱっと振り向いたかと思うと
「もっと近くで見るってばよ!」
空いているほうの手を取って、駆け出した。引かれるまま立ち上
がった拍子に持っていた林檎飴が手から零れ落ち、それをあぁと
肩越しにみやっても、己の手をひく子供が止まらぬことを知って
いるネジは大人しく連れられていった。


力強く華を咲かせる光たちは、けれど儚く散っていく。
それらを仰ぎみていれば、するりと離れた熱。色とりどりの光を
滑らせる横顔をみると、華の紅とは違う朱。一心に空を見上げる
ようにしていて、その瞳はせわしなく揺れている。真実見ている
ものは何なのか、見たいものはなんなのか。

僕らはまだ好きと云えない

ネジも顔を空に戻し、何にも気付かぬふりをした。







花火も打ち止め、空を見上げていた人々も名残惜しげに踵を返し
ていく。
自分たちの周りが大分広くなったころ、ネジは未だ顎を上げたま
まのナルトをみやった。
「終わったな」
「うん‥」
「帰るか」
「うん‥」
それでも下げない目線に、ネジも視線をはずすと何気なく二人の
間に挟まれたほうの手を動かした。
殆ど接するように立っていた互いの間は本当に僅かなもので、微
かに動かしただけのネジの手はこつりと軽くナルトのそれに触れ
た。
それを合図にしたように、どちらからとも無く指を絡ませる。
手を繋ぐでなく、指を絡ませる。
ナルトは変わらず宙を仰いだままだったけれど、少しの緊張がそ
れを助けてもいるらしい。
きゅう、と指の平が強く押し当てられた。




好きだと云えぬ僕たちは、今日も好きだと云えないままに指を絡
ませ互いを繋ぐ。
一夜限りの宵の宴
醒めればただの夢幻
確かに感じる指の体温も、夜が明ければただの夢か
己が足は確かに砂利を踏んでいるというのに、どこか漂うように
不確かなのは何故なのか
樂に酔ったように浮き立つ胸に顔をなぶる風は奇妙に生暖かく
まるで波にたゆとうているかのような覚束なさに、絡む指、力を
こめた。





今日も好きだと云えぬ僕たちは
オレの想いが分からないかと指の体温を伝えあう。






 

 終

言葉にできない初々しさ。

お題提供ありがとうございました!


20041005  耶斗