さくりと草を踏み少年はその空間へ踏み入れた。 濡れたように艶やかな長い黒髪を背でひとつにまとめ、木の葉隠 れの忍たる証を額に戴いた彼は葉の間から零れ差した日に目を細 めた。 一歩、さらに踏みいって完全に光だけの場へ身をさらす。円く切 り取られたように開けたそこは森の少しだけ奥まったところにあ った。冬に入ろうとする時節ながら春のように暖かなのは恵みと 表す他はない。おそらくは日を集めるに適当な位置にあるのだ。 折しも今の時刻は午後を半刻ほど過ぎたばかり、日も高くに昇っ ている。 だからうららかなこの場所で、柔らかな風を受けて微睡むのは心 地の良いことだろう。 円の場を二つに分かつように足を進め正面の端へ辿り着くと、木 の根に頭をあずけてすよすよと安らかな呼吸を繰り返す少年をネ ジは呆れ顔で見下ろした。 7.シエスタ ネジは少年の傍らに腰を下ろした。何というでもないその動作さ え常人のそれとは異なる。 習性と云おうか、別段少年の眠りを妨げまいとしたわけでもない のだけれど、ネジは風が草原を撫でるような所作で片膝を立てな がら腰をおろした。立てた膝に同じ側の腕を乗せて近くなった少 年の顔を覗き込む。目を覚ました気配はない。目を覚ます様子も ない。 「ナルト」 呼んでみても応えるはずもない。 開かない瞼に少しの安堵と少しの苛立ち。邪魔はしたくなかった。 けれど気づいて欲しかった。ネジは己の矛盾にくつりと自嘲する。 目を滑らせば折曲げた袖からのびる腕。その先にある手のひらに それと意識せず己の手を重ね、指を絡ませる。そのまま握りこん でみれば、微かに脈動が皮膚をうった。 そうしてゆるりと持ち上げて裏を返せば日に焼けながらも滑らか な皮膚に覆われた甲。葉の影が踊るそれは平穏の象徴のようで知 らず頬が弛む。軽くなる心のままにぽんと少年の手を放り、受け 止めた。それを数度繰り返した後ふとネジは少年の顔に目を向け た。少年の表情にはなんら変化は見られない。けれどネジはじっ とその顔をみつめて、やがてゆっくりと手にした彼へ身を傾げた。 一度通った樹上の道を再び枝葉に隠れながらはしる影がある。背 には長い尾を連れて。 今し方まで微睡んでいた場所はもう随分と離れてしまった。太い 枝を僅かしならせその影は足を止めるとちらりと肩越しにあの陽 だまりを振り返った。 そうして彼が常そうするように顎を引き、目を伏せて微笑むとそ の笑みを象ったままの唇で微かに哂ったのだ。 「未熟者」 木の根を枕にした顔が交差させた両腕に覆われている。隠しきれ なかった隙間から覗く肌は赤く、唇は引き結ばれて。 「ネジの‥アホぉ‥」 その手は未だはっきりと柔らかな感触を覚えていて。 しっとりと汗ばんだままだった。 終 シエスタ‥お昼寝だそうです。めっさ短い。ネジ兄さんに「未熟 者」って言ってほしかったんですッ。 怒られてみたかったんですッ。 お題提供ありがとうございました。 耶斗 20041114 |