捨てろ とその男は云う 沈丁花 「その甘い考えを捨てろ」 射殺すような目で、凍えさせるような声でその人はいう。 「誰も死なせたくないなんて甘い考えは棄てろ」 包帯を頭に、首に、腕に、胸に、腹に そしておそらく脚にさえも 幾重も幾重も巻き重ねた男はそれでも涼しい顔をしてちくちくと 己の心を苛む。 掛け布を半身にだけかけて、白い部屋、白いベッドに身体を沈め る男は白い瞳に己を映す。 腕も、指も 動かせぬくせに瞳だけを動かして己を捕らえる。 なんてヒト 「それが、お前でもかよ‥」 上擦りそうになる声は、それでも持ち堪えて、けれどわずか震え ながら唇を転がった。 「そうだ」 なんて ヒト 「二度と、あんな無茶な真似はするな」 這うこともできず、顔を上げることもできず。 ただ敵の刃を待つだけの、無用の駒の前に飛び出すなどと そんな馬鹿な真似はよしてくれ。 「ナルト‥」 お前はお前のことだけ考えろ なんてひと その目で、その唇で、その声で 貴方はなんて残酷な途を示すのか 「それでも‥、俺はお前に生きていて欲しいってばよ」 透明な珠が頬に軌跡を描いて、はたりと床に落ちた。 貴方がいないなら、この世界に終わりはない。 終わりもなければ始まりもない ただ永遠のサイクルが己を置いて繰り返されるだけ ねぇ、貴方 酷い貴方、優しい貴方 お願いだから捨てさせないで お願いだから捨てないで どれだけを指の間から取りこぼしても 貴方だけは留まっていて 塩からいキスで互いの存在を確かめることだけが全て。 終 20041027 耶斗 |