「俺が死んでもお前はひとりにはならないな。」 なんでもないことのように笑うその男は誰より優しくて。 ――バカをいうな Ha-na 「花が咲く。」 もうすぐだ。 そう云って彼は笑う。酷く嬉しそうだと、微かに口角を上げ眦を 緩めただけの貌に思うのは随分と付き合いが長くなったからだと 思う。 ―花が咲く 彼が見上げたのはほろほろと細い枝になる小さな芽。雪の中、緑 なき原に紅の萌芽。硬く閉ざしたその花弁を開いたなら甘い芳香 を撒くのだろう。 息が詰まるほどに濃厚な ―花が咲く そういって笑った彼は誰より優しくて、誰より儚くて、誰より勁 い。 「花が咲いたらまたこようってばよ。」 とうにそうしていたことを忘れていた、繋いでいた手にいっそう の力を込めた。 骨が軋むほどに握り締める。それさえ抗わずに受け止める彼の優 しさに涙が出そうだった。 「任務にでろとの御達しがきた」 そいつのところに殴りこんでやろうかと本気で立ち上がりかけた 身体を押し返して、彼は笑う。 「なんでもないことだ。少し長く休みすぎた。」 肩をおす力が思いもかけず強かったものだから、見下ろす彼の貌 を見つめ返すばかりで一言も返せないまま力を抜いた。 ―長く休みすぎた バカを、まだ全然足りない 「それじゃあ、行ってくる」 里の大門の前で半身だけ振り返らせて彼は笑う。なんの意図だか 彼は笑って、それでそのまま背を向けた。 安心しろとそういいたかったのか 信じろとそう窘めたのか 身を守るための防具。己を生かすための戦装束を死装束に変えて 里に還ったのはお前のくせに。 ―行ってくる それを信じようと信じまいと俺はどの道待つしかないのだ。 ―花が咲く 花は咲いた。細い枝木に例年よりも少なく弱弱しく。か細く繋い だだけのような生命はけれど強く。深々と降り積もる雪化粧に紅 をさす。 服の袂を引き寄せて、吐いた息が凍るのを紅が翳むのにみる。は たはたと何処よりか往き遅れた渡り鳥が羽音をならして肩に降り た。 「お前まだいたのかってばよ」 馬鹿だなぁ けれど微かな重みに愛しさが湧いてでて、つと指でその嘴を撫ぜ てみた。 逸らしもしないのか。 随分と人になれた鳥だと、呆れながらされど己が特別のようで頬 を緩ませ2度3度と指の腹を滑らせた。 馬鹿だなぁ ―馬鹿だなぁ いったいいつまで待たせるつもりなのか。 花はもう過ぎゆこうとしているのに ただいまも云わず、男は笑っていた。 「お前は随分いろいろなものにもてるものだな」 雪は溶けた。消えた雪の丘は清流となって野をおりた。 膝にのせていた野兎を下ろして立ち上がる。 この分だと、俺が死んでもお前をひとりにしなくてすみそうだ。 「馬鹿野郎‥」 また暫く休め。ここから一歩もでるな。いっそのことまた家を変 えようか。 花が咲くのを見たがっていたから、ここから動かなかっただけだ。 「中に入れってばよ。ったく随分薄汚れやがって。さっさと湯に 入っちまえ。」 熱い湯をたてている。お前が帰ると分かっていたから。ずっと温 かなまま守っていたのだ。 「入れ。それから」 別の家を探そう。 もう誰もお前を呼ばないように 逃げたのは3年の昔 終 独占欲の強いナルトさんも好き。 ネジは微笑みながら何も云わず好きにさせてるといい。 20041223 耶斗 |