鬼遊び





闇夜に溶ける影2つ。枝を渡り駆っている。けれどその様子は
明らかに尋常ではない。
――――鬼ごっこをしましょうか。
前を走る男は上がる息にすでに目は血走り、視界さえ翳み始
めている。早鐘をうつ心臓はいまにも破れんばかりの痛みを
うったえる。
けれど止まるわけにはいかない。止まれば
――――俺が鬼でアンタが獲物です。一生懸命逃げてくださ
い。
わざと‥わざとおどける様な口調で、猫なで声に哂った男の
貌を今この状態でもありありと眼前に思い描ける。
鬼――。
そう、鬼だ。修羅の道に堕ちてなおこの身はまだ人であった
のだと思い知らされたあの男の冴え冴えとした瞳。
あれは、真の鬼。哂う鬼だ。

――――止まれば、喰われる。


後ろを奔っていた影は酷薄な笑みに口を歪めると一際強く枝
を蹴った。銀の影を残して。





 □  □  □





「いち、にー、さん、し、」
ごぉ、ろく、しち、はち‥
淡々と数を数える男の指先は黒々と地に伏し、あるいは枝に
垂れ下がる肉塊を辿っている。
「じゅーく、にじゅ。あれ?」
少なくない?と誰にともなしにおどけるように首をかしげる
男は傷一つない身体にべっとりと血を纏っている。
「もっといたと思ったんだけどなぁ‥。‥ッ」
現れた他の気配に男は振り返ったけれど、次にはかざしたク
ナイを引いた。
「イルカ先生!」
「何をなさっているんですか。」
嬉々とした表情に変わった男に反して、現れた青年の目には
僅かに泪が浮かべられている。
「どうしたんですか?イルカ先生。あ、もしかして迎えに来
てくれたの?でも大丈夫だよ。ほらこの通り今日も皆捕まえ
ましたよ。」
誉めてといわんばかりに両手を広げて示すのは、そこに広が
る惨状だ。
「カカシさん‥」
搾り出した声は僅か嗚咽が混じっていて、けれど漏らすまい
と男は手でかばう。
「どうしたんです?イルカ先生。具合でも悪いですか?」
覗き込む目は丸く見開かれていて、それが子供の仕草のよう
だと思う頭の片隅で恐ろしいと背筋が震えた。
――――あぁ‥貴方はいつから‥
何故気付けなかったのか。気付いてやれなかったのか。今更
悔いても遅いけれど。
「帰りましょう‥カカシさん。家に帰って身体を清めましょ
う‥」


毎夜繰り返される鬼ごっこ。
いっそ己もそれに加われば貴方は気付いてくれるのか。
‥もどってくれるのか。

じゃれつく腕を好きにさせて、イルカは鼻をすすり上げなが
ら年中渇くことのない奥深い森の土を踏んだ。



  


  終

20050130  耶斗